3年間の留学を終え、7月末に日本へ帰国することになりました。
 日本で音楽大学を卒業後、もう少し音楽の勉強を続けたいとは考えていたものの、具体的にはどうしたいのか自分でもわからずにいました。そんな時、友達が海外へ留学すると言っているのを聞いて羨ましいと思っている自分に気付き、大学4年の夏に、毎年岐阜で行われている、リスト音楽院マスターコースの留学選考会を受けました。なんとか合格することができ、ハンガリーに留学することになりました。
 初めての海外暮らしでちゃんと生活していけるのか心配だったため、まずは1年間だけ、パートタイムで留学することにしました。しかし実際に留学してみると、1年で帰るなんて絶対嫌だという気持ちが強くなり、その年にリスト音楽院の大学院を受験しました。
 ブダペストに留学して一番良かったと思うことは、クラシックの本場の空気を感じながら、音楽に集中できる環境に身を置けたことです。私が住んでいたアパートが、ちょうどリスト音楽院本校舎の目の前にあったからでしょうか。日々本校舎のホールへ音楽を楽しみにくる人々の姿を目にし、又オペラ座やオペレッタ劇場も徒歩5分のところにあったため、本当に音楽に囲まれて生活しているように感じました。
 そしてもう一つ、音楽に一生懸命取り組む留学生の仲間や、素晴らしい先生方に出会えたことです。周りの留学生たちのやる気に圧倒されました。留学する目的は様々だと思いますが、皆個々の目標に向けて一生懸命取り組んでいて、コンサート活動や弾き合い会などを積極的に行っていました。同時期に留学してきた子で、同じ門下生でとても上手な女の子がいました。留学して一年半の間、私のレッスンの前が、いつも彼女のレッスンでした。ほんのワンフレーズ弾いただけなのに音色が違い、私はとても衝撃を受けました。もちろん、先生は素晴らしいピアニストなので、素晴らしい演奏でいつも感動するのですが、自分と年齢も近い留学生が素晴らしい演奏をしているのを間近で見て、ショックを受けたのです。あまりの違いに落ち込んでしまったりもしました。この頃から、自分ももっと上手くなりたいと強く思うようになり、夜も学校に練習に行くようになりました。
 上手くなりたいとは思ったものの、どうしたら上達するのかわからずにいた時に気になったのが、室内楽の先生に言われたことでした。私は1年目、室内楽として2台ピアノのレッスンを受けていたのですが、指がしっかりと打鍵できていないことや、体に余分な力が入りすぎていることをよく指摘されていました。私は自分の弾き方が嫌いで、でもどうしたら改善できるのかもわからず、ずっとその解決策を見いだせずにいました。ところが、その先生が私の弾き方について指摘してくださったので、もっとしっかり教えてもらいたいと思い、次の年もその先生に習うことにしました。ピアノの打鍵の仕方や体の使い方など基本的なことを教えてもらいました。朝起きてからすぐ基礎的な練習を始めて、常に怠ってはいけないと言われましたが、正しい奏法の感覚をつかむためにひたすら短いフレーズを繰り返し弾くのは忍耐のいることで、1人ではとてもできなかったと思います。辛抱強く付き合って下さった先生には本当に感謝しています。
 また、有名なハンガリー人ピアニストは学生の頃どうやって練習していたかというようなエピソードが聞けたのも良かったです。練習方法がわかってきてからは、どんどんピアノを弾くのが楽しくなりました。留学2年目を終えて帰国した折のコンサートでは、色々な方から、弾き方や雰囲気が変わったと褒めていただけてとても嬉しかったです。
 3年間専攻のレッスンとして、ファルバイ先生とハルギタイ先生のもとで学べたことも、私にとってとても幸運なことでした。両先生ともレッスンの始めに、「弾けていなくても通して弾くように」と言われました。「コンサートのように弾いてね」とおっしゃいました。先生方は、私がどのように曲を解釈し、どんな風に弾きたいのかを聞いていたのです。
 今までの私は、レッスンに対してどこか受け身でいたところがあったのですが、そうではなく、毎回のレッスンにおいて、演奏でもっと自分の考えを提示していかなければいけないのだと気付きました。また、そして時には、突然にコンサートや弾き合い会をするので何か弾いたらと言われることがあるので、いつでも人前で弾けるように準備をしておかなければいけないのだと思いました。
 先生方は、叱ったり厳しくしたりするのではなく、演奏や態度で私のピアノに対する考えの甘さに気付かせて下さったので、私はピアノとの向き合い方を考え直すことができました。また先生方は、音楽についてだけでなく、生徒の精神的な部分までよく見てくれていました。先生は私が悩んでいるとすぐに気付き、どうしたのかと話しを聞いてくださったり、時には何も言わず、レッスン後にそっとホットチョコレートを差し出してくださったりしました。留学の集大成として5月に行ったディプロマコンサートの前には、緊張している私を見て、たくさんアドバイスもしてくださいました。あたたかく見守って下さった先生方がいたから、私は3年間自分らしく音楽を学べたのだと思います。
 これから岐阜の地元へ戻り、ピアノを教えることや、演奏活動に力を入れていきたいと思っています。3年間留学させてくれた両親、ハンガリーで支えてくれた皆様、そして日本で応援してくれた人たちに感謝の気持ちを伝えたいです。

(はっとり・しの)