「しんどっ!」と思ったのは2011年冬のある月曜日、朝4時。日本へ2回目に留学してきて、6か月たった頃だった。寒くて、暗くて、コンビニしか開いていなかった。始発の地下鉄に間に合わないとアルバイトに遅刻してしまう。週5回、大学の講義の前は、いつもこのような感じだった。そして午前11時頃から京都大学に向かい、講義を受ける。さすが京大!素晴らしい教授陣がそろっている。勉強の後はママチャリに乗り、午後7時から京都で最も有名なタクシー会社の運転手さんたちに英語を教えに行く。「おつかれ!おつかれ!」皆さんフレンドリーで、働き者。仕事でたくさんストレスが溜まっているはずなのに、例外なく笑顔満点。
 こんな生活をしていた私は、その後2013年9月、つまり大学院を卒業してから1年後、正式にこのタクシー会社の職員になった。ちなみに、私は運転免許証を持っていない。

 所属は「外商部」という部署である。この部署は貸切予約(送迎、観光など)を管理している。入社した時にすぐ気づいたのは、会社の英語版のホームページがないので、会社の提供する幅広いサービス情報が外国人のお客様まで届かないということだった。皆様もご存知のように、京都は世界で最も人気の高い観光地で、外国人観光客にあふれている。タクシー業界でも、英語の使用機会が増えた。そこで英語版のホームページを立ち上げることにした。ホームページを作ったことがなかったため、ウェブデザイン方法を独学で勉強し、4ヶ月後に英語ホームページを作り上げた。また、外国人のお客様用予約窓口を作り、注文の受け取り、商用英語文章の返信方法を決めた。そのほか、外国人のお客様の対応をマニュアル化した。言葉使いを丁寧にすることが会社のポリシーであるため、英語での接客も、同じポリシーに従うことが大切である。
 時間が経つと共に、外国人のお客様の予約数が増加し、英語で観光案内できるドライバーが段々足りなくなってきた。したがって、新たに、もっと責任重大な仕事に取り組む必要がでてきた。それは、英語力の高い人材を育成できるシステムを作ることだった。
 このタクシー会社では、運転手さんの英語力に応じて、4つのレベルのレッスンを開講した。生徒さんは20代~50代の通常タクシー運転手と観光案内担当の看板運転手である。仕事相手によって外国人のお客様との会話内容が違うため、教材資料も異なる。すべて手作り。社内英語教育システム責任者の私は中級と上級レベルクラスの講師を担当し、信頼のおける素晴らしいパートタイム英語先生チームには初級とプレ中級レベルのために私が用意したハンドアウトを使ってレッスンを行っていただく。
 日本のタクシー業界初の本格的な社内英語教育システムを作り上げたので、雑誌や新聞にも取り上げられるようになり、注目が集まってきた。きっと他社も同様のシステムを導入し始めるだろう。私自身も、日本で働いている外国人に関するテレビ番組等の取材を受け、少し有名人になったような気分になってきた。
 私は本当に教えることが大好きだ。そのきっかけは16歳の時に英語の家庭教師になったこと。私は新たな練習方法を考え出し、レッスンを盛り上げることが好きである。例えば、座禅について英語で説明する時は、必ず生徒の皆さんと一緒に正座しながらレッスンを進めていく。90分間のレッスンでは、必ず「明日から使える」知識を身に着けてもらうのがポイント。社内英語教育システムを発足させてから3年目を迎え、生徒さんの人数が最初の2倍に増え、多くのドライバーさんは英語力を自分の収入とつなげることが出来た。社内英語教育システムに参加中の乗務員は現在約210名、会社の総乗務員数の約1割。これで満足すべきではないと思う。このシステムやレッスンをもっと効果的にしたいし、生徒数をどんどん伸ばしていきたい。

 いよいよ3月から新しい学期がスタートする。桜シーズンの美しさを英語で如何に表現すれば外国人のお客様に喜んでもらえるかを、各レベルのレッスンに取り入れていきたいと考えている。日本の一番美しい時期が近づくとともに、仕事内容も増えていく。英語レッスン以外の仕事もやらなくてはならない。英語版会社ホームページの情報更新や、英語パンフレットの作成など、様々な仕事が待っている。むしろ、一番気をつけたいのは、頑張りすぎないことである。
 完璧主義の私は新入社員の時、本当に苦労した。家についたら夜10時過ぎという日々が続き、プライベートの時間を楽しむことが殆どできなかった。同僚の皆さんの残業している姿を見ると、時間通りに帰る気がしなくなってしまう。働くために生きているのか、それとも生きるために働いているのか。どちらが正解?悩んでいるうちに、悔しくなって、会社を辞めてハンガリーに帰ろうと考えたこともあった。しかし、もうこれ程好きな仕事を二度と見つけられないかもしれないと考え、「自分らしく働いてみよう」と決心した。毎日自分なりの仕事計画を立て、勤務時間内に手の届く範囲の目標を決めることによって、効率よく仕事に取り組むようにした。こうして、ようやく残業主義から解放された。一日ごとに仕事計画を完成する達成感を得ることで、心の整理も付くのだろう。こうして落ち着いてプライベートの時間を過ごし、それによって次の日もまた精一杯頑張れると感じられることが、「幸せ」の一つであり、「天職」をちゃんと全うする方法ではないかと思う。

 私はこの大好きな会社で大好きな仕事を続けたい。そのために、日本の勤務スタイル(残業主義)にも絶対負けない!

(ヤカブ・リッラ)