「なんでハンガリーに留学?」飽きるほど聞かれた質問だ。でも、そりゃそうだと思う。名前もよく聞かないヨーロッパの国だ。
 ハンガリーに初めて来たのは2年前のことで、私は当時ドイツに留学をしていた。ハンガリーを旅行先に選んだのは、東欧でちがう景色を味わいたかったのと、なんか名前がヨーロッパっぽくないから、というバカっぽい理由。何か特別なことがしたいとかいう明確な理由があったわけではない。しかし、計画倒れにするのは最悪なので、思いついたその日に、行きの飛行機だけとりあえず予約して、とりあえず自分を、「行かなければいけない」状況に追い込んだ。旅行前の下準備などもほぼせず、その2週間後、ブダペストへ行った。
 そしていざ来てみると、ドイツとの雰囲気の違い、物価の安さにとても驚いた。飛行機でたったの2時間移動するだけでこんなにも変わるのかと。それに加えて、人は優しいし景色もきれいだしで、私はすっかりブダペストが好きになってしまっていた。さらに、当時カーロリ大学に留学していた友人に案内してもらい、大学の日本学科の授業にも参加させてもらったのだが、あんなに大勢の外国人が、ぺらぺらと日本語を喋っているという光景が衝撃的だった。ひょいひょいと授業に突然やってきた見ず知らずの私に、みんなすごく優しくしてくれて、たくさん話しかけてくれて、「あ、私もここで留学してみたいかも」。そんな風に思った。ちやほやされて嬉しかった。そしてブダ城から見下ろす夜景を見たとき、「あ、私いつか絶対ここに住むわ」。そんな風に思った。言葉で表現するのは難しいのだが、ただ、「綺麗だな」で終わる感情ではなかったと思う。一目惚れのような感じだった。この時から、私の中のどこかで、ブダペストは特別な街になった。ドイツ留学中に他にもたくさんの国を旅行したが、やっぱりブダペストがいちばんだった。
 ドイツでの留学が終わり、日本へ帰国した後も、ブダペストへまた行きたいという気持ちは無くならなかった。そして私は現在大学4年で、念願かなって半年間の交換留学生としてカーロリ大学に留学している。このセメスターが終われば大学を卒業し、来春から働く就職先もすでに決まっている。人生の夏休みともいわれる大学生活の、最後の最後のセメスターで、わたしはいま、ブダペストにいる。なんでハンガリーに留学?その質問の答えは、「日本学科の人たちにちやほやされたのが嬉しくて、ブダペストの夜景に恋に落ちてしまったから」。ほんとに自分でもバカで単純だと思うが、これがハンガリー留学を選んだ理由なのだ。
 「じゃあハンガリーで何を勉強してるの?」
 その次に必ず聞かれる質問がこれ。正確に答えるのならば、ハンガリー語の授業を週2回、それから、日本学科の授業にもちょろちょろと参加している。だが実際のところは、大学の授業よりも就職先の会社に課されている資格試験の勉強と、卒業論文に充てている時間の方が多い。このように答えると、ある人に、「それって意味あるの?」と言われたことがある。
 私はこの質問にうまく答えられなかった。だって、ハンガリー語の授業はたった週に2回だけだし、英語の授業を取っているわけでもないし、日本でもできる勉強をハンガリーで黙々とやるという留学は、果たして意味があるものなのか。わからなかった。ただ漠然とした理由で2度目の留学を選んだ自分自身のせいだった。そしてこの時がちょうど、留学がはじまって1か月ぐらいのことだったと思う。5人部屋の寮にイビキがとてつもなくうるさい女の子が引っ越してきたり、隣の部屋のアフリカ人が夜中に爆音で音楽を流していたり、シャワーのお湯が出ない日があったり、暖房がつかないのにエアコンの冷房が点けっぱなしだったり。エアコンのリモコンが無かったり。言い出したらきりがないほど、「ハンガリー、なんなの!?」と思うことがあった。2年前初めてブダペストに来たときは、綺麗なところしか知らなかったけど、なんだか想像してたものとは違った気がして、期待していたものが大きすぎて、私はこの時結構へこんでいた。2回目の留学だから、きっと大体のことは大丈夫でしょ、と余裕をかましていたけど、違った。バカで適当な考えが、この自分の性格が、自分自身を悩ませた。まわりから見れば、とてもお気楽な毎日だと思う。自分でも、とっても贅沢な時間の過ごし方をしていると思う。でもこんなに悩む。だからこんなに悩むのかもしれない。
 でも、ひとつ言えることがある。それは、ここでは日本ではできないようなキラキラした気持ちになれる瞬間があることだ。日本学科の友人と話していると、ハッとさせられる時がよくある。彼女たちは時々、わたしよりも日本のことをよく知っていて、わたしよりも日本が大好きだ。そんな人たちに日々囲まれていると、私も嬉しくなるし、もっと日本のことを勉強しなきゃと思うし、たくさん日本のことを教えてあげたいと思う。毎日新しい発見があって、全然退屈しないのだ。
 きっと留学って、英語を身に着けるためとか、医者になるためとか音楽を学ぶためとか、そういうものなのだと思う。それに比べたら、だれかに評価をつけられるのならば、私の留学はとても薄っぺらいものだと思う。でも、わたしはそれでも100%の自信を持って、この留学をしてよかったと思うし、タイムスリップして過去に戻れたとしても、絶対にブダペストに留学することを選ぶ。綺麗なだけじゃない、汚れた嫌な部分を知っても、やっぱりブダペストが嫌いになれない。それは、夜景が綺麗だからでもなく、物価が安いからでもなく、素敵な人たちに出会うことができたからなのかもしれない。私も負けてられない!そう思わせてくれる人に囲まれて生活できるというのは、なかなか当たり前のことではないと思う。日本へ行くという夢に向かって頑張る人、それを全力で応援している先生方、みんな、わたしにはキラキラ輝いて見えるのだ。
 じゃあわたしはどうしようかな。何が出来るかな。最近ずっと考えているけれど、いまいちわからない。「日本とハンガリーの架け橋になる!」なんてことを言える能力も勇気もないけれど、これからも、ハンガリーと、日本が大好きな人たちを応援していきたいと思う。
(はまの・まさみ)