起きたことは一つしかないが、立場によって解釈やその後の主張が異なってくるのは、人の世の常である。オルバーン首相が率いる与党が、欧州議会で所属する会派 EPPで資格停止となったことも例に漏れず。「異なる」どころか、「真逆」である。欧州議会は 5月下旬に選挙を行う。今月は、そのような中で資格停止となったことに関して、それぞれの言い分や今後に残した禍根について紹介する。

堪忍袋の緒が切れる
 EPP(欧州人民党グループ)は、欧州議会の最大会派。中道右派で、イデオロギー的にはキリスト教民主主義、保守主義、自由保守主義と通常は分類されている。その EPPが 20日、ハンガリーの与党 Fidesz(フィデス・ハンガリー市民同盟)の資格を停止にすると決めた。賛成 190票、反対 3票。資格停止になると、 EPPの会合に出席したり、意思決定事項に投票したりすることができなくなる。また、 EPP内の役職へ候補者を挙げることも不可。普通に考えれば「処分」である。
 処分の直接的な引き金となったのは、ハンガリー政府が 2月下旬に開始した「反ブリュッセルキャンペーン」。街中や国道沿いの至る所に巨大ポスターが設置されたので、否が応でも気づいた方も多いだろう。ユンケル欧州委員長、後ろには米投機家ソロス氏の大きな顔写真が並び、「あなたには知る権利があります、ブリュッセルが何を企んでいるか」と書かれてあった。その下には、いかに欧州委員会が大量の移民を受け入れようとしているか説明。ソロス氏は、“欧州への大量移民の流入を企てる張本人 ”として、オルバーン政権が敵に仕立て上げてきた人物である。ポスターはユンケル氏の後ろでソロス氏が操っているかのような印象を与えた。政府は国内の約 800万の全有権者にも同じ内容のものを郵送した。
 露骨なネガティブキャンペーンに対し、欧州委は直ちに全面否定の声明を発表。その後、「ハンガリー人は作り話ではなく事実を知る権利がある」とし、在ハンガリー EU代表部は公式ウェブサイトでハンガリー語でも反駁文書をリリースした。一方、 EPP内では、 Fideszは除名すべきという声が一部で上がった(ユンケル氏は EPPに所属している)。
こうした動きに対して、オルバーン首相は、「役に立つ馬鹿( useful idiot)」と一蹴した。欧州議会選挙前の EPP内の揉め事は、欧州議会のライバル会派らの得になる、という意味だった。これにより、反発は収まるどころかさらに増幅。
 最終的には 10か国、 13の小政党が正式に Fideszの除名を要求した。ただし、巨大ポスターや「馬鹿」発言自体は、「引き金」でしかなかった。背景には、ここ数年のハンガリー政権の全般的な民主制の後退への懸念があり、EUで制裁手続き開始が発動されても軌道修正されないことへの不満が溜まっていたことが挙げられる。何より、議会選挙を 2か月後に控え、“オルバーンのようなポピュリズム勢力を容認したままの EPP”と国内で批判されるのは得策ではなかった。
 EPPの規定では、 5か国、7政党以上がメンバー政党の除名、または資格停止を要求した場合、 EPPは協議しなければならないことになっている。結局、 EPPは、指導部の提案で、無期限で資格停止とすること、加えて 3人の賢人から成る委員会を発足し、ハンガリーの法支配状況や教育の自由などを評価し報告することを決定した。この報告書が Fideszの今後の復帰もしくは拒絶の判断材料にされるが、取りまとめ期限は明記されなかった。

オルバーンの論理
 オルバーン首相側は、排除されたわけでもないし、「資格停止」されたわけでもないと主張。賢人委員会の評価報告書が取りまとめられるまで、「自ら一方的に」メンバー政党としての権利行使の停止を提案したと強調した。実際、今回の措置には、Fideszも賛成票を投じている。
 オルバーン氏は今回の一連の動きについて、問題の本質はハンガリーの巨大看板や法支配ではなく、極めて政治的なものと主張している。 EPP内には、「左リベラル寄り」から Fideszのようなキリスト民主主義を体現する右寄り政党まであり、今回は左リベラル寄りが EPPの舵をそちらに取ろうとした試みだったと解説。
 こうした左寄り政党らは、イコール「移民受け入れ積極派」であり、結局のところ今回の対立も、移民を受け入れるか、拒否するかの問題に集約されるとした。
 しかし、 Fideszが自ら権利行使を停止することで良い妥協が生まれたと述べた。そして、 EPPが移民積極派に傾く動きは封じ込めることができ、かつ EPP内の結束維持に Fideszは貢献できたと自画自賛した。つまり、 Fideszこそが今回の勝利者と位置付けたのだった。まさに「処分」とは真逆の解釈だった。
 一方で、 Fideszは今後も、反移民政策やキリスト教文化を守ることにおいては一切の変更はないとする。そして、EPPが移民積極派にならない限り残る方針を明確にすると同時に、 EPPからの欧州委員長候補のウェーバー氏については引き続き支持すると表明している。
 なお、オルバーン氏は、巨大ポスターについては、「政府が国民へ告知するための広報キャンペーン」であり、反ユンケルキャンペーンではないと EPP会合後の記者会見で否定した。加えて、欧州議会選挙前の Fideszのキャンペーンでもないと言い切った。そのため、記者会見場では、失笑が漏れる一幕もあった。
 こうした解釈を堂々と前面に押し出したのは、オルバーン首相がなんとか今回の措置に自ら合意済みである証拠を、最後の最後で決議案に押し込むことができたためである。採択文書は、「EPPが Fideszを資格停止にする」ではなく、「EPPと Fideszは評価委員会の報告書がまとまるまで、資格停止をすることでともに合意した」となった。

玉虫色の決着
 Fideszへの対応について、 EPP内には、大別して 3つの勢力があった。まず除名を求める強硬派(ベネルックスや北欧中心の小政党ら)と、逆に Fidesz連帯派(イタリア・フォルツァや中東欧の政党ら)。最後に Fideszの問題の存在を理解しながらも、今ここで排除カードを切ることには躊躇するグループ。実際はこの 3番目の勢力こそが、ドイツ与党 CDU(キリスト教民主同盟)など EPP中核メンバーを含み、会派内での影響力が最も大きい。EPP会派代表であるウェーバー氏もこれに属す。
 この 3番目のグループが資格停止に動き、妥協形成が図られた。その結果、どの勢力もある程度満足でき、メンツを国内外で保つことのできる案で一致した。
 強硬派らは、これにより EPPの多数が Fideszの問題を認めたこと、また今後、除名につながる一歩になると概ね評価を示した。一方、 EPP会派代表のウェーバー氏は、 Fideszの野放図な振る舞いは認めないという姿勢を示すことができた。同時に、選挙前の EPP分裂を防ぎ、選挙後も最大会派としての勢力を維持できる可能性を守った。つまり、 10月の自身の欧州委員長への選出を確実にするための手立ても残したのである。
 オルバーン首相も、追い出されるのではなく「決定権は自分たちにある」というメッセージを国内向けに示すことができた。オルバーンにとっても、今、 EPPを飛び出すよりは、選挙結果を見てから、 EPPに残るのか、それともポーランドやイタリアのポピュリズム勢力と言われる政党と組む方が良いのか判断した方が良い。結局のところ、誰しも選挙前にカードは切りたくなかったのである。一方で、 EPP外からは、当然のことながらこれは「良い妥協案」などではなく、法支配などの問題をうやむやにして解決を先送りにしただけと批判された。
 反オルバーンで知られるフェルホフスタット欧州議員(ベルギー元首相、欧州議会内では欧州自由民主同盟の会派代表)は、「政治的なトリック」で、「欧州の恥」とコメント。そして、「 EPPは、欧州全体の利益よりも議席獲得を常に優先させている」とした。
 玉虫色の決着となったため、 Fidesz資格解除を巡り、 EPPが再び揺れるのはほぼ確実だ。「賢人会議」が報告書をまとめるのは欧州議会選挙の後と言われる。それとも、Fidesz自身が選挙後に EPPを出る決断をするか。すべては選挙結果次第である。

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(わしお・あこ)