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腫瘍温熱治療のパラダイム転換―出版記念会挨拶-
盛田 常夫


 

 本日の記念会を開催していただいたセルダヘイ大使、ご参集いただきました皆様、著者のサース・アンドラシュともども感謝いたします。

 実はちょうど10年前の2月に、この同じ場所で同じセルダヘイ大使によって、やはり出版記念会が開催されました。ハンガリー出身の天才たちの伝記を扱った『異星人伝説』(マルクス・ジョルジュ著、日本評論社、2001年)の刊行を祝ったものです。10年の時間を経て、再び、こうして出版記念会を開くことができました。今日ここに参集されている何人かの方々は、この前の会にも出席されています。10年の歳月を経て、再びこのような会をもつことができて、たいへんうれしく思います。

 セルダヘイ大使と二度もこのような会をもつことができたことは、たいへん不思議な巡り会いです。二度あることは三度あると言います。2002年の記念会からさらに12年の時間を遡った1990年1月に、セルダヘイ大使と一緒に仕事をしたことがあります。当時、日本の首相として海部総理が初めてハンガリーを訪問することになりました。体制転換の真っただ中、私は日本大使館に専門調査員として赴任していて、経済大学(当時はカール・マルクス経済大学)での学生との対話集会を組織することになりました。対話集会とは名ばかりで、事前に質問と回答を日本語とハンガリー語で準備しました。当時、エトヴォシュ・ローランド大学の講師だったセルダヘイ大使を含め、3名の通訳態勢をとり、同時通訳的に対話集会を進行させるために、前日に会場でリハーサルも行いました。これはハンガリーで日本語とハンガリー語の同時通訳の真似事をした最初の出来事だったと思います。こうして、セルダヘイ大使とはほぼ10年ごとに、大きな仕事をしてきました。これは本当に縁があってのことだと思います。

 皆様のお手許には出版社から直送されてきた書物があります。書店に並ぶのは3日後です。ほとんどの読者は、まず「まえがき」と「あとがき」を読まれることと思います。そのことを考え、「まえがき」では本書の主要な要点を簡潔に明示しました。ここを読んでいただければ、この書物が何を解明しようとしているかが明瞭になると思います。私とサース教授は同い年ですが、私が経済学専攻なのにたいし、サース教授は物理学者です。二人の専門分野には接点がありません。二人の出会いやサース教授の起業者としての苦難の道について、「あとがき」で記しました。また、書物の中ではオンコサーミアを利用した具体的な治療器や治療について記述していません。科学とビジネスをはっきりと分けるためのことですが、それを補足する意味で、オンコサーミアを利用した治療の現状を「あとがき」に記しました。実際の治療に関心のある方はそれをご参照ください。

 ここでは一つだけ、「これまでの温熱療法」であるハイパーサーミア治療と「これからの温熱療法」であるオンコサーミアとの本質的差異について、一言お話ししたいと思います。

 すべてのがん治療の最大のテーマは「選択性」(selectivity)にあります。外科手術、抗がん剤治療、放射線治療のどの標準治療においても、腫瘍細胞・組織を識別し、がん組織だけを治療するというのは大きなテーマです。選択性が満たされなければ、副作用が起こり、治療効果が著しく低下します。温熱治療においても、選択性をいかに達成するのかは標準治療と同じく本質的な問題です。ところが、伝統的なハイパーサーミアはその問題を明確に意識していません。健康細胞・組織まで温めてしまえば、温熱治療の効果がないばかりか、逆効果が生じてしまうからです。そこれが伝統的温熱治療の最大の欠陥です。この点では標準治療と同じ問題を抱えているわけです。

 温熱治療における選択性と表裏一体のテーマは、体内に送り込んだエネルギーをいかに効率的に熱に転換させるかという問題です。伝統的なハイパーサーミアは体内に42°の「温度」を達成することを最大の目標にしています。その目標達成ために、1kWとか1.5kWのような非常に高い出力を利用しています。サース教授はこれをマクロ加熱と呼んでいます。1.5kWの電気ポットで0.5lの水を温めるのに3分もかかりません。ところが、伝統的ハイパーサーミアは60分の時間をかけて、局所的に6-7度の温度上昇を獲得しています。そこには膨大なエネルギーロスが発生していることが分かります。マクロ加熱では選択性が達成されないだけでなく、無用な熱を発生させるために、治療効果がでません。

 このような伝統的温熱治療を根本的に見直さなければ、温熱治療の治療効果を出すことはできません。そのためには治療の目標そのものを転換する必要があります。オンコサーミはミクロ加熱の原理を適用し、局所的な細胞レベルの加熱を行います。時代がガソリンエンジンによるマクロの爆発燃焼から蓄電池のミクロ燃焼へと変わりつつあるように、むやみに高い出力で体内に熱を発生させようとするのではなく、ミクロの加熱に転換することによって、エネルギー効率が格段に高まります。これはハイパーサーミア加熱のパラダイム転換を必要とします。「42°の絶対温度」の達成を加熱目標にするハイパーサーミアは、いわば「温度信仰」にもとづく治療です。これにたいして、オンコサーミアは温度水準を目標にするのではなく、細胞膜の内と外との温度勾配(格差)を生じさせることを最大の目標にしています。ここでは温度が加熱を制御するパラメータではなく、実際に患部に届くエネルギー量(ジュール)が制御パラメータになります。

 このように、従来のハイパーサーミアの原理を根本的に転換することによって、温熱療法の選択性と効率性を抜本的に高める方法がオンコサーミアです。まさに温熱治療が腫瘍治療として生き残るとすれば、オンコサーミア以外にありません。これ以上の説明は、書物をご覧ください。

(もりた・つねお 立山R&Dヨーロッパ)
 
 

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