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ハンガリアンダンス
中谷 和代

 
 ハンガリーに再び暮らすことになり、この3年間で観たハンガリアンダンスの舞台は数えきれない。かつてハンガリーの田舎町に住んでいた頃、ハンガリアンダンスに魅了されたにも関わらず、数回しか観るチャンスに恵まれなかった。だから、今回のハンガリー生活の中で再びハンガリアンダンスの舞台を目の当りにした時、15年前初めてその舞台に出会った時の感動がまた心に甦った。
 「ハンガリアンダンスが好きだ」とハンガリーの古くからの知人に話すと、「ハンガリアンダンスは世界で一番素晴らしいダンスだからね」と返ってきた。確かにその通りだ。ハンガリアンダンスは本当に素敵だと思う。あの中欧らしい雰囲気漂う独特の音楽、豪華な刺繍が施されているにも関わらずどこか素朴な衣装をまとったダンサーたち、そして何よりもあの楽しげな歌と踊り、あっという間にハンガリーの大平原や、自然豊かな草原、村の広場、農家の軒先へといざなわれ、まるで自分があの輪の中で一緒に踊っているような感覚にとらわれ何とも言えない楽しい気分になる。
 11月のブダペスト日本人学校のドナウ祭では、小学部5,6年生はハンガリアンダンスを発表した。ハンガリアンダンスのプロの先生が合計8回ダンスを教えに学校に来てくださった。初打ち合わせで最初にそのハンガリー人の先生方に学校の図書室でお会いした時は、特に何も感じなかった。しかし、一旦ダンスの指導が始まった時、その先生方はやはりダンスのプロだと強く感じた。その頃、プライベートで週末に出かけていって観たハンガリアンダンスの公演、舞台上で偶然見かけた先生方、「あ! ハンガリアンダンスの先生だ・・・」。彼らは、輝いていた。
 たったの8回でハンガリアンダンスを覚えることはとても難しく、私達学級担任も、ビデオに写真といった記録に加え、子どもたちに交じってステップを踏んだ。今回のダンスは、3拍子。頭の中で拍を数え、ターンやステップのタイミングを計る。そしてそのタイミングは子供たちのポジションによって異なる。すなわち、一人ひとりの子どもたちが自分のステップ、自分の動きを各々覚えなければならなかった。ダンスの先生方が帰られた後、すぐに頭の中のテープを巻き戻す、そして教えていただいたばかりの動きをそれぞれが再現する。時には実際にビデオやデジカメの記録を巻き戻し、確認しては踊り、それを繰り返して少しずつではあるが一歩一歩着実に、それぞれの踊りを自分のものにしていった。「ハンガリーの先生方は、日本の子どもたちがどのぐらい熱心に学ぶか、見ておられるだろう。だって、日本の子どもたち=私たちだから」と、毎回のレッスンの受講を呼びかけた。実際、子どもたちの意識はとても高かった。一回一回のレッスンで学んだことは、必ず全て習得して、次回のレッスンには積み残さないことを目標としていた。お稽古事というものは、熱心に指導して頂こうと思ったら、まずはより熱心な生徒でなければならないというわけだ。こうした努力の結果、子どもたちは、複雑なステップや動きを次々に体得していった。
 
 
 ドナウ祭はダンスの発表会ではなく、学校教育の中で学習してきたことを発表する場である。子供たちは、1学期にハンガリー刺繍とその歴史について学習してきた。2学期は、ハンガリーの歴史とハンガリアンダンスについて学びを深めていきたいという考えから、ハンガリアンダンスについて、まず片っ端から調べてみようと思いパソコンで検索をかけた。何人かハンガリーの友人にもお願いをして、ハンガリアンダンスについて調べてもらった。その結果、ハンガリアンダンスは、ハンガリー刺繍同様、ハンガリーの庶民の生活の中に根差したものであり、即興や、それぞれの地域の中で口伝えにより伝承されたものが多く、明確なステップの型として記録され始めたのは、そう遠い昔のことではないと知った。
 ダンスの中には、歴史上貴族文化や、宮廷の歓楽を目的として発展を遂げたものもあるであろうが、ハンガリアンダンスは、庶民の楽しみ、またその民族の誇りの証として密に受け継がれたものあると考えた。今回、私は子どもたちに、歴史上、ハンガリアンダンスはこの地に生きた人々によってとても大切に守られてきたことを知った上で、ハンガリーに暮らす私達日本人は、そのダンスを踊ることでハンガリーの人々の想いに触れてほしいと願った。
 そして迎えた本番、15人の子供たちは、舞台上で誰もがみんな輝いていた。
 終了後、子供たちの中から、次のような感想が聞かれた。
 「内心どんなに苦しくても、ダンス後半も笑顔が保てるようになったが、きつい練習中は、どうしても楽しんで踊ることができなかった。しかし、本番は必死に踊ったためか、あっという間だったが、確かに楽しいと思う瞬間だった」
 子どもたちが輝く瞬間を子どもたちと共に創り出すこと、その瞬間を子どもたちと共有できることは、子どもたちに携わるこの仕事の中で、最も胸高まり、心躍る瞬間であると私は感じる。
 そして、15人の子どもたち全員が輝いたハンガリアンダンス、15人全員を大きく成長させてくれたハンガリアンダンスは、やはり素晴らしい。
 私のハンガリーの知人が言うとおり、ハンガリアンダンスは世界一素晴らしいダンスだ。そして15人の子どもたちも、また世界一素晴らしい子どもたちなのだ。
(なかたに・かずよ 日本人学校教諭)
 
 

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