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コ ンチェルト・ブダペストの誕生
角谷 聡子

 

 2009年12月7日、国立芸術宮殿バルトークホールをほぼ満席にした聴衆の暖かい拍手に包まれて、ブダペ ストに新しいオーケストラが誕生した。その名も「コンチェルト・ブダペスト」。
  コンサートには、ベルリン・フィルのソロトランペット奏者ヴェレンツェイ・タマーシュ、あのボビー・マクファーリンとも共演しているギタリストのシュネー トベルガー・フェレンツ、国立フィルハーモニーの音楽監督であり、ピアニストのコチシュ・ゾルターンが駆けつけてくださり、ゲストの素晴らしい演奏と楽し いトーク、盛り沢山のプログラムで、和やかな雰囲気の中、多くのお客さまにも来て頂き、大成功のうちに幕をおろした。
  さて、このコンチェルト・ブダペスト、実はまったくゼロからのスタートでは無く、前身はマジャール・テレコム・シンフォニーオーケストラで、実はその始ま りは102年前にさかのぼる。
  ここで少しオーケストラの歴史について触れてみたい。オーケストラが結成されたのは1907年、まだバルトークやコダーイがリスト音楽院で教鞭を取ってい た頃だというからその歴史の古さをお分かりいただけると思う。その頃は、スポンサーの名前を取って、ポシュターシュ(郵便)・シンフォニーオーケストラと いったそうだ。戦争や動乱などで中断を余儀なくされることもあったそうだが、体制変換後の1990年までポシュターシュとして親しまれていた。今でもお年 を召した方の中にはポシュターシュとおっしゃる方がいるくらいだ。1990年にマターヴ(旧マジャール・テレコム)がスポンサーを引き継ぎ、それに伴い オーケストラの名前もマターヴ・シンフォニーオーケストラとなった。その後、マターヴがマジャール・テレコムとなり、皆様にも馴染みのあるマジャール・テ レコムシンフォニーオーケストラという名前で今日に至った。

   しかし、昨今の不況の煽りを受けてかスポンサーであるマジャール・テレコムが支援金の減額を決め、それに追い打ちをかけるよ うに国からの支援金も十分に得ることができずオーケストラはこの何年か経済的に非常に厳しい状態にさらされていた。
 そんな中、オーケストラの改革に乗り出したのがケッレル・アンドラーシュ(日本ではケラーとして知られているがハンガリーの発音ではケッレル)であっ た。ケッレル・アンドラーシュは、ケッレル弦楽四重奏団の第1ヴァイオリン奏者として世界的に活躍し、国立フィルハーモニーとブダペスト祝祭オーケストラ のコンサートマスターを勤めたこともある。
photo by Hrotko Balint
     
 彼は2007年に音楽監督に就任する とすぐに3年の強化プログラムを打ち出し実行に移した。それは、(1) モーツァルトやハイドンなどの古典の曲を通してオーケストラの基礎を築く(古典の曲を綺麗に演奏することはとても難しく、これをマスターすればその後の作 曲家の曲を弾く時にも応用がきく)、それと同時に(2) 現代曲をたくさん演奏する(現代曲には、より豊かな表現力が要求される)、(3) 2年目にはベートーヴェンの交響曲を取り入れる(古典で学んだ基礎に、ダイナミックな表現と力強さ、そしてロマン派の表現も要求される)、(4) 4年目の今シーズンにはブラームスやブルックナーも演奏する(オーケストラの編成も大きくなり、また違う音の出し方が要求される)というようなものであ る。
  ケッレルは、こうしたプログラムにのっとってプロのオーケストラとしては異例の、本番前約2週間という綿密なリハーサルによって、言葉通りオーケストラを 育ててきた。そのエネルギーは計り知れない。時には、ほんの何小節かで1〜2時間が過ぎた。時には、これ以上ないと思うくらいの厳しい言葉も飛んだ。そん なリハーサルに耐えられずにオーケストラを去る団員も多かった。
  特にこの数カ月は団員にとっては、とても苦しいものだった。何故なら、もう何ヶ月も給料の支払が滞っていたからだ。それでも誰ひとりとしてリハーサルを休 む者はいなかった。皆これまでやって来たことに自信を持って、オーケストラの未来を信じ情熱を持って音楽に取り組んでいるからだ。
  マジャール・テレコムからコンチェルト・ブダペストへ−これはただ名前が変わったという以上の意味がある。3年間の準備期間を経て、ようやくコンチェル ト・ブダペストとしてのスタート地点に立つことができたのだ。
  この名前には、ケッレル・アンドラーシュのオーケストラに対する大きな願いが込められている。名前の中にもある「ブダペスト」これには、ブダペストを代表 するオーケストラになって欲しいという願い、「コンチェルト」には、コンサートという意味と、協奏曲という意味があり、どちらもクラシック音楽の中で重要 であり、かつ世界中どこの国の人にも通じ、親しんでもらいたいという願いが込められている。
  コンチェルト・ブダペストとしてのこれからの展望をケッレル・アンドラーシュに聞いてみた。「今までハイドンの交響曲をたくさん演奏してきたが、来シーズ ンはさらにモーツアルトやシューベルトの交響曲も取り上げていきたい。」また、バルトークの音楽についても彼の考えをはなしてくれた。「バルトークの音楽 は、ハンガリー人にとってだけでなく、音楽をするすべての人に取って重要な作曲家であると思う。そして彼の音楽は、まさにハンガリー語で話しているような のだ。だから、ハンガリー人として、ハンガリー語を話す者としてバルトークを正しく理解し、世界に発信していくことが一つの役目なのではないかと思う」。
  最後にコンチェルト・ブダペストを好きだと公言するコチシュ・ゾルターンのトークから引用したい。「コンチェルト・ブダペストは、計り知れない才能を秘め たオーケストラである」。皆様も誕生したばかりのコンチェルト・ブダペストの成長を、どうか暖かく見守っていただきたい。
 
 

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