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小林研一郎コンサー トを聴いて
酒見 順子

 
 恥を忍んで告白する。私は4月に来 洪するまで小林研一郎氏を存知あげなかった。「世界的指揮者」、「炎のマエストロ」、「コバケン」を、である。日本人学校の校歌を作曲して下さった方、と いう予備知識しかなく、家族揃って初めてのクラシックコンサートに臨んだ。小さい子供を連れて行くことで迷惑を掛けるのではないかという不安と、子供に本 物のオーケストラの演奏を聞かせてあげたい、という期待が入り混じっていた。まず驚いたのは、当日券を求める人の行列である。そして、開演直前の会場の水 を打ったような静寂。ごくりと息を飲む音すら聞こえてしまうのではないかと思った。
 指揮棒が振り下ろされヴェルディの「レクイエム」が始まる。演奏が進むにつれ、スクリーンに映し出される映像は宗教的な意味を持ち、想像力をかきたて る。カトリックのミサ曲といっても素養の無い自分には歌詞はもちろん、流れなども解らなかったが、合唱とオーケストラの大迫力に会場全体が渾然一体となっ たように感じた。初めて目にする指揮の様子は、髪を振り乱し、体全体を揺らしながらの大変情熱的なものであった。
  コンサートの数日後、小林氏が出演した某テレビ番組を見る機会があった。練習風景の中で、演奏家に「そこはもう少しゆっくりしていただけますか、お願いし ます」と大変丁寧に伝えている場面が印象に残った。その理由は「一流の演奏家の皆さんですから」というものであった。マエストロともなると高圧的なので は、と先入観を持っていたが、尊大ぶったところは微塵もなく、むしろ謙虚な姿に感動を覚えた。私はいっぺんに大ファンになった。また、3月の震災後の日本 でのコンサートでは終演後、燕尾服のままで募金箱をもってロビーに立ち、募金を呼びかけたと聞く。日本のみならず、海外でも称賛されている方は人格も一流 なのだと確信した。
  我が家にとって初のクラシックコンサートは不安も杞憂に終わり、何とか無事帰宅した直後に、子供たちはあっという間に眠りに落ちた。「すごかったよね」と 思い出すのは4年生の長男だけで、8歳と4歳の娘にはまだ少し早すぎたのかもしれない。「素晴らしい先生の、素晴らしい演奏を聴いたんだよ」と成長したら 伝えてあげよう。今はよく理解できなくても、きっと誇りに思うだろう。娘と一緒に日本人学校の校歌を口ずさむ度、いつかのその日を思い、一人微笑む。
(さけみ・じゅんこ)
 
 

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