Topに戻る
 

 
 
 
     
 
       

腫瘍治療における温熱療法の意義
盛田 常夫


 もう30年以上も痛風症と高血圧に付き合っている。最近は痛風の炎症が頻発するようになった。その話をする度に、いろいろな人からあれは良いこれが良いと民間療法が勧められる。医者に行けば行くで、尿酸値を高める可能性のある食品リストが渡される。リストを見ると、ほとんどの食品が引っ掛かっている。私の場合、痛風症も高血圧も遺伝だから、尿酸値が低くても炎症は出る。タバコは吸わないし、お酒もほどほどで、肉や内臓物を食べることはないし、そもそも食へのこだわりも失せ欠けている。こういう生活を続けているのに、あれを食べてはいけないこれを食べてはいけないという注意書きを渡されると、「私の人生は痛風症を克服するためにあるのではない」と言い返したくなる。だから、膝に水が溜まってどうしようもない時以外は、医者の世話にはならない。
  そもそも、尿酸値を下げる薬剤や降圧剤を半永久的に摂取することで別の機能障害が発生することはないのか、複数の薬剤が相互にどのように作用し人体機能に影響を与えるのかについて、医者はもちろん製薬会社も知らないし責任をとらない。摂取する薬の数が増えれば、薬剤相互の複雑な相乗作用について、誰も責任をもてない。そういうことに頓着せず、医者は各種の薬剤を処方し、死ぬまで飲み続けることしか方法がありませんなどと無責任に患者に伝える。多くの老齢者が食事よりも、各種薬剤を次から次に摂取しているが、それで病が良くなるとはとても思えない。ここには近代の西洋医学が抱える根本的な欠陥があるように思う。

 
正のフィードバックと負のフィードバック
  生体は自己制御能力をもつ一つのシステムであり、障害や疾病を治癒し正常な自己制御システムを再興するメカニズムをもっている。この自己制御システムのおかげで、生体の恒常性(ホメオスタシス、homeostasis)が維持される。その基本的な原理はフィードバック機構による制御機能である。たとえば、外温が高くなると、生体は発汗作用によって皮膚を冷却し、熱が体内に入らないようにする。逆に、外温が低くなると、血管を収縮させることによって、血管をとおして熱が体外に逃げるのを防ぐ。こうやって、生体は一定の体温を保っている。サイバネティックスの用語を使えば、この温度調節機構は「負のフィードバック」が作用しているという。一定の温度許容値の幅のなかで、サーモスタットが機能していると考えればよい。この種のメカニズムが酵素などの化学反応にも作用している。
  もし高温の環境下に長時間晒されると、負のフィードバックが作用しなくなる。そうすると、生体の生存許容温度限界を超えて、体温が上昇する。これを放置すると、やがて生体は死を迎える。制御機構が働かず、システムが拡散する状態だと考えればよい。これが「正のフィードバック」である。低温の環境下の場合も同じように考えることができる。長時間低温にさらされると、通常温度で作用する生体の自己制御機能が効かなくなり体温を正常温度に戻すことができず、体温は下がり続ける。これも「正のフィードバック」で、生体は死へと向かう。
  ホメオスタシスを維持する負のフィードバック機能が作用しなくなり、正のフィードバックが作用し始めると、生体は不可逆的な破滅過程に入る。それを避けるために、薬剤を使って阻止するか、ホメオスタシスを再生するような作用を生体に加える。医療の基本はホメオスタシスの正常作用を機能させることなのである。
 
西洋医学と東洋医学
  負のフィードバック機能が効かなくなると、いろいろな疾病が顕在化する。悪性腫瘍も生体が本来保持している悪性細胞を淘汰する機能が失われ、正のフィードバックで悪性細胞が増殖する現象として理解できる。負のフィードバック機能を再生するために、薬剤が投与されたり、外科手術が施されるのだが、現代の西洋医学は人体のホメオスタシスの再生を治療の目的にしていない。西洋医学の基本は対症療法(局所治療)が基本である。したがって、悪性腫瘍が見つかれば、とにかくそれを叩くことが主要目標になる。
局所的な治療では、生体の全体的状態の評価やホメオスタシスの回復という視点が失われる。だから、抗がん剤治療のように、「産湯とともに赤子を流す」ごとく、腫瘍細胞を殺すために健康細胞まで一緒に殺してしまう。抗がん剤が狙うのは特定部位の腫瘍であって、それに苦しんでいる一人の人間としての生体ではない。生体がどのように苦しもうとも、特定部位の異常を叩くことだけが治療目的になっている。それぞれ異なるホメオスタシスの状態にある個人が治療対象になるのではなく、特定部位の異常が医者の治療対象になる。ここから本末転倒の医療行為が一般化する。一時的に腫瘍が縮小しても、生体は生きる力を失い、治療を回避した場合に獲得できた時間を失い、死を早めることになるかもしれない。生命を救うはずの医学が、逆に命を縮めているとすれば、これほど皮肉なことはない。
これにたいして、東洋医学は生体の自然な自己制御能力の維持や回復を第一義的目標にしている。逆に言えば、ホメオスタシスの維持や再生を目的とするのが、東洋医学だと言えよう。いわゆる各種民間療法のほとんども、意識すると否にかかわらず、このような方向性をもっている。体を冷やさないようにするというのは、日常知として古くから教えられている知恵であるが、それは適正な体温を保つことが、健康を維持する基本だと認識されているからである。それには確としたとした科学的理由がある。生体の各種酵素反応や免疫反応は一定の温度領域でもっとも効果的に機能するからである。
  このように昔から言い伝えられ、慣習として守られている健康法にはそれなりの合理性があるのだが、多くの民間療法はその科学的裏付けを得ないままに伝承されている。そこにいかさま療法が横行する余地がある。市井の人の科学的知識の水準は高くなく、他方で現代医学がいまだ多くの疾病の治癒に無力であることから、藁をもすがる思いの患者は荒唐無稽ないかさま治療の餌食になる。
民間療法は現代医学が解決できない部分を補完していると言えるが、可能な限りその科学的根拠を明らかにすると姿勢が大切で、それなしではたんなる伝承的知恵に留まる。
 
Evidence-Based Medicine(EBM、根拠にもとづく医療)
  現代医学は「根拠にもとづく医療」を原則としている。少なくとも薬剤や医療機器の科学的根拠と実証データを示して、それぞれの認可を受けることが制度化された。これが提唱されたのはそう昔のことではないが、各種多様な民間療法と医学にもとづく医療行為を明確に区別するという意味合いがある。
  他方、EBMが提唱されてから、薬剤認可のプロセスが複雑長期になり、簡単に認可を得ることができなくなった。新薬の開発と認可には10億円単位の費用と10年程度の時間が必要になるから、大手の製薬会社でなければ参入できない市場になってしまった。しかも、いったん認可された薬剤の価格は、すべての先行投資費用を回収するように設定されるので、製造原価の何百倍もの価格が付けられことになる。こうなると、製薬会社と医者の世界は非常に強い経済利害によって結びつけられることになる。
  ソンバトヘイにあるマルクショフスキー病院では腫瘍の温熱治療(医療保険適用)が行われており、ハンガリーのOncotherm社が開発した機器が使用されている。近隣諸国からも患者が治療を受けに来る。その病院に日本人の患者を紹介した時のことだ。
  ハイパーサーミア治療を受ける前に腫瘍内科医師の許可書が必要なのだが、ちょうど担当医師が不在で、別の医師から1枚の書類に署名を得なければなかった。その医師は温熱治療に関心がなく、われわれが椅子に座った途端に、新しい抗がん剤治療の臨床試験への参加を求めた。患者から病状を聞くこともなく、日本から持参した画像に目を通すこともなく、「貴方の腫瘍部位の治療に適した新しい抗がん剤治療の臨床試験が始まり、世界各国でこれに参加する患者を募っている。もう枠が少なくなっているから、早く参加した方が良い。貴方の身長と体重をすぐにでも製薬会社にFAX するから」と、こちらの話を聞くことなく、FAXでデータを送った。「そういうつもりで来たのではなく、温熱治療を受けにきたのです」というと、「それなら、付き添いの担当者が署名すればよい。私の診療を待っている患者がたくさんドアの前にいる。私は忙しいのだ」とわれわれの退席を求めた。日本のお土産を渡し、署名をもらってその場を離れたが、この医師の姿勢に驚いた。
  この医師には患者の治療よりも、抗がん剤の臨床試験の対象者集めが重要なようだ。臨床試験に参加する患者を一人でも獲得すれば、製薬会社からの補助金が見込めるからだ。こういう本末転倒した現象は医療社会で一般的に観察できる。それもこれも巨額な投資なしに新薬が認可されないという現代医療世界の問題にその根源がある。
 
熱と腫瘍治療
  熱で腫瘍を治療する手法は医学史上、もっとも古い治療法である。医学の父と呼ばれるヒッポクラテスは、熱で治療できない疾病は治癒不可能だと考えていた。それほどに熱(火)にたいする信仰は高かった。これはギリシア哲学の影響というより、実際に熱で腫瘍細胞を殺すことが出来るという経験から得られた知恵である。
  現代でも、腫瘍細胞が熱に弱いという認識は常識になっており、さまざまな方法で腫瘍治療に熱が利用されている。もっとも一般的な手法はアブレーション(高温焼灼法)で腫瘍を切除するのに利用されるが、不整脈の原因となっている心臓の部位を焼く技術としても使われている。抗がん剤を温水に混ぜて腹腔内に還流させる手法(温水還流法)も、それである。驚くことに、腫瘍の外科手術の後に、温水を撒くというきわめてプリミティヴな手法も、医者の間ではその有効性が信じられている。
  これらの熱の認識はギリシア時代の素朴な認識をそれほど超えるものではない。ヒッポクラテスの時代から数千年の時間を経ても、何百種類も存在する温熱治療の多くはいまだ素朴な伝承医療のレベルに留まっている。ほんの少し前は、がん患者を42℃の温水につける手法が流行ったことがある。各種の光線を使った温熱療法やサウナ式の温熱療法、岩盤浴など、この種の民間療法は数え切れない。しかし、これらのどれも医療的行為とは見なされていない。科学的根拠が明確でないからである。何が問題なのだろうか。
  素朴な温熱治療が共通して抱える問題点は以下の二点である。
  一つは、体全体を温めたのでは、特定部位の腫瘍への治癒効果がないことだ。これは標準的腫瘍治療(外科手術、抗がん剤治療、放射線治療)が抱える問題と同じで、腫瘍の局所的加熱の選択性がなければ、温熱治療の効果もないばかりか、逆に腫瘍への血流を増やし、悪性細胞の拡散を招く恐れがある。
  二つは、体内の深部にある腫瘍を加熱することの技術的困難である。ほとんどの加熱技術は皮膚の表面を温めることができるだけで、体内に熱を送り込むことはできない。
  サウナや各種光線療法がどのような快感を与えようとも、熱エネルギーを体内に送り込むことはできない。生体の皮膚は何重ものシールド構造で外部からの熱を遮断する機能を備えているからである。熱による快感は熱ショックタンパク(HSP: heat shock protein)が増える効果によるもので、これはそれなりの健康維持効果はあるが、腫瘍治療には役に立たない。
もし90℃を超えるサウナに入って体内が40℃以上の高温になれば、生体は死の危機を迎える。サウナで人が死なないのは、どれほど空気が熱かろうとも、皮膚の発汗(冷却)作用によって、熱が体内に入ることを遮断するからである。
  逆に言えば、体の深部を、しかも腫瘍を選択的に加熱するためには、高度な生物物理学的知識と工学的技術が必要である。このことをきちんと理解できる医師が少ないことが、正しい温熱治療の普及を妨げている。ハンガリー人物理学者が開発したオンコサーミア(腫瘍温熱治療)機器は、まさにこの温熱治療の最大の弱点を克服したものである。しかも、副作用がなく、生体のホメオスタシスの再生を促進する点で、西洋医学と東洋医学を統合しているとも言える。この技術のいっそうの開発に期待したい。
( もりた・つねお 「ドナウの四季」編集長)
 
 

Web editorial office in Donau 4 Seasons.