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巻頭 インタヴュー
ハンガリーバレエ界に輝く若き二人の日本人バレリーナ
桑名 一恵


 
  ハンガリー国立バレエ団のプレミア公演があった「オネーギン」。ロシアの小説家プーシキンによる韻文小説 『エヴゲーニイ・オネーギン』 に基づく作品だが、オペラ 「エフゲニー・オネーギン」の曲を使用せず、チャイコフスキーの楽曲を流用しているのが特徴である。物語バレエと呼ばれるジャンルの中で良く知られており、かなり早い時期からハンガリー国立バレエ団は、この公演を大々的に宣伝していた。他のバレエ作品と違う、登場人物・出演者が多くない。この作品に二人の若き日本人バレリーナがオープニングから重要な役で出演していた。どうにも止められない期待感と優越感。そして誇らしくも思えた。ついつい彼女たちをひいき目で観ていた事も事実だが、なによりも指先まで行き届いた表現力には感心させられた。
この二人にインタヴュー依頼をした。その目的は二つ。一つは二人が素晴らしいステージに立っているこれまでのキャリアに、とても関心があったから。そしてもう一つは、この二人をもっと多くの方に知ってもらうべきではないかと思ったから。世界に挑戦する若い世代のしっかりとした思いを、感じ取ってもらえたらと思う。
インタヴュー場所は、国立オペラ座の近くにある「ムーヴェースカフェ」。芸術を語るには、申し分のない場所だ。
オネーギーンの浅井&藤井
 
練習帰りに立ち寄ってもらった。プレミア公演に招待して頂いたので、私が先に御礼を言うべきなのだが、「来て頂いて、ありがとうございました」と先に御礼を言われてしまった。
桑名    この公演は今までになかったようなハンガリー国立バレエ団の熱の入った公演になっているなと感じたのですが。
浅井・藤井   今回の「オネーギン」は、今年初めてのプレミアで、ディレクター自身、かなり力を入れていた作品です。他の公演などは2週間〜1ヶ月程度の日程で進んで行くのですが、今回の練習は2ヶ月位前から始まりましたし、もちろん公演中も練習はありますので回を重ねるごとに、仕上がりが良くなっています。
浅井   もう一つは、ディレクターが変わったことが大きいですね。私は国立バレエ団に入団して4年が経つのですが、以前のカンパニーはアットホームな感じだったんです。技術的なこと含めてゆるい感じで、年上の方にとってはよかったと思いますが、バレエと言うのは「切磋琢磨」して創り上げてゆくものだと思うので、それでは向上していかないのではないかと感じていました。現在のディレクターになって、「緩さ」を一掃していこうという方針に変わり、バレエ団の意欲が大切な事が全面的に現れていると思います。以前より一人一人の意識も違いますし、全体で良いものを作るという共通な部分も空気が違うのがわかります。
桑名   もう少しその変化を教えていただけますか。
浅井   カンパニーの雰囲気がアバウトと言うか、なあなあだったものが、一生懸命な姿勢に変わってきたし、一人でもがんばっている人がいると、その相乗効果といいますか、それにつられて前向きな考えに切り替えていったりしています。ディレクター自身も普段のレッスンを観に来るので、きちんとやらなければという気持ちも出てきますよね。常に緊張感があると疲れてしまうので、もちろんプラスとマイナスの両面はありますが、私にとっては良い緊張感が保てるのでそちらを選択しますし、自分には必要なことだと思っています。芸術と言うものは、そのような意識が無いと、どんどん下がってしまうと感じています。
桑名   浅井さんはサンクトペテルブルグから、藤井さんはワシントンD.Cからハンガリー国立バレエ団にいらしたわけですが、ロシアやアメリカとの大きな違いはありますか。
浅井   私はサンクトペレルブルグではバレエ学校に在籍していたので、先生が居て先生が指導をしてくれてと言うのが基本でした。バレエ団では、そういった注意は受けません。自分で考えて行動をしないとなりません。自分ががんばっているからといって配役がもらえるわけではないので、自己アピールもしていかなくてはなりませんし、臨機応変に対応する必要もあるので、自分の意思が必要不可欠です。バレエ学校では言われるがままの練習で、ロシアのバレエ学校では朝から晩まで殆ど休み無しで練習していました。こちらに来てバレエ団に入ると練習も必要最小限ですし、リハーサルも早く終わるので、自分でやらないと何も与えてくれないんだなと実感しました。自分でやるべきことを見つけて行くことが、自分自身に大事になっていくんだなと思っています。
藤井 彩嘉 さん
  藤井 基本的にはワシントンD.Cではバレエ学校、ハンガリーではバレエ団ですから、勉強と仕事の違いを実感します。バレエ学校では午前中は高校生として一般教養を学び、午後から夜にかけてレッスンと言う毎日でした。ヨーロッパのバレエの環境の違いに戸惑うこともあります。向こうでは寮に入っていた為、食生活や学習面でもあまり困る事はありませんでしたが。一人暮らしをする事も初めての経験です。1ヶ月の自分のお給料の中で全てをやりくりしています。健康管理や体系維持などにも気をつけています。
もう一つは、今寮ではいつも誰かが近くにいる生活でしたが、バレエ団では家に帰ると一人なので、その辺の精神的な部分を、どうコントロールしていくか試行錯誤中です。幸い、浅井さんがいるので、壁にぶつかった時や寂しい時など多くの面で安心できます。
  桑名 浅井さんが来た時には、バレエ団には日本人やアジア人がいなかったと思うのですが。
浅井   藤井さんの話を聞いて、昔の自分を思い出します。私が来た時には、日本人はもちろん居ませんでしたし、バレエ団の仲間ができる前のことだったので、1年目は家にこもっていたことが多かったです。スカイプで親に話を聞いてもらう程度で、いろいろな面できつかったですね。2年目以降から、この環境をどうしていけばいいのか考えるようになり、周りに友達を作ったりバレエ団の中でも友達が出来てきたりして。私は感情をすぐに表に出してしまう性格なのですが、今では友人に相談し話すことで発散して、その日のうちに嫌な事などを吹き飛ばせるようになりました。
藤井   右から左と完全に聞き流すのはよくないけれど、海外で他の国の人と競り合っていく為には、ある程度は流すことも必要かと思います。
桑名   今回のように、少ないキャストの中に日本人二人が選出されている事も、お二人に光るものがあるからかと思うのですが、実際バレエ団がキャストを選ぶ時などはどのように選出するのでしょう。
浅井  
バレエでも、他のジャンルでも理不尽なことはあると思います。これはある程度理解しています。今回は、いつも私たちを観ているハンガリー人関係者ではなく、海外の方が配役を決めたんです。とてもフェアな目線での配役がきまっていたと思います。これはとても嬉しいことです。他の公演では、実力以外に、ハンガリー人との関係などのしがらみなどから配役されないことも多いので、ぐっと気持ちを抑えてしまうこともあります。小さな役をもらった時も、もちろん嬉しいですのでポジティブに感情もって行きますが、逆に言えばその悔しさなどの感情を押し殺してしまって、最小限で喜ぶことを覚えてしまっている自分がいると感じています。  
浅井 友香 さん
 
    そういう時には、無心で練習に徹して、良い方向転換できるよう気持ちを切り替えています。いくら上手でも、配役決め毎にディレクターが気に入るか、そうじゃないかによって大きく変わって行きます。ディレクターとの相性などもあるので、そういう面では大変な事が多いです。
藤井   私はとにかく、仕事としてバレエを踊れることが始まったばかりなので、一つ一つが新鮮です。役をもらえなくても少しずつ上に上がっていっているところなので、何事も無心にやっています。今回のオネーギンに関して役をいただけたことは、本当に嬉しかったです。実は、初めはアンダースタディーと言って役がついてなかったんですが、ちょっとしたきっかけがあって役を頂くことができました。今は全てが初体験なので、これから待ち受ける試練のようなものを少しずつ感じながら、最初はこういうものなんだと思って打ち込んでいます。今は落ち込んだり悩んだりする必要もないし、上を向いてがんばったらいいじゃないかと言われますので、これ以上は悪くはならないと思って頑張っています。今は課題をこなすことが大事で、それが出来た時の喜びを味わいつつ前に進んでいっています。
桑名   浅井さんは4年目。藤井さんは1年目ですが、近い目標と将来の目標を教えてください。
藤井   今は、まずはもらった役をちゃんとこなすことです。怪我をしてしまうと代役を立てられます。そうならないように、自己管理に気をつけ、怪我や病気をしないように心がけています。与えられた役を後までやり通すために、毎日のリハーサルが目標になっています。その積み重ねが、この先の自分のバレエの変化に繋がっていくと思っています。大きな目標は、きちんと名前がある配役を頂くことです。今回はもちろん少ない中の一人に選ばれたのですが、自分自身の役名はなかったんです。舞台の真ん中で踊れるような役を目指していきたいです。アメリカや日本にはオペラ座はなく、コンサートホールを一時的にオペラやバレエの舞台を作るんです。ヨーロッパに来てオペラ座で踊っている自分も、観客として客席にいても、本当にわくわくしています。
そんな舞台で何人かと一緒に踊るのではなく、自分の踊りをステージの真ん中で思う存分踊れるようになりたいなと言うのが目標ですね。今は経験を積んで、その目標に近づくようにがんばっています。
浅井   私は一つ一つの舞台で自分がやるべきことを、きちんとこなして行くことですね。つい最近までは、周りと合わせることに重点を置いていて、自分のバレエと言うものを見失っていたような気がします。どんな役がきても、観に来てくださる方々が私に注目して観てくれるような踊りができるように、納得のいく自分の踊りが出来たらいいなと心がけています。プロのバレエダンサーと誇るにはまだ抵抗があります。日本などで、そう伝えても反応が薄いですし。それが職業であることを知らない方も多いです。体格作りや精神的なことに関しても、プロとしての自覚をもちつつ成長して行きたいですし、生活面やバレエに関してもプロダンサーだと自信をもって言えるようになりたいです。バレエ団の中にも尊敬できる方々もいるので、良いところを見習って自分に生かせるようにもしたいですね。
     
インタヴューを終えて、お二人ともバレエダンサーの強い意志と、自分をよく見つめているなと強く感じました。地に足をしっかり着け、芯のあるチャレンジ精神をもって頑張っている彼女達に、是非、注目していただきたいと思いました。
皆様、是非オペラ座でのバレエ公演に足をお運びください。
 
浅井 友香さん
6歳より本田陽子師事のもとバレエを始める。16歳にてロシア国立ワガノワバレエ学校に留学。2年間の留学を経て卒業後、2009年よりハンガリー国立バレエ団に入団。2007年 第40回埼玉全国舞踊コンクールクラシック1部 第1位
 
藤井 彩嘉さん
3歳より大阪にてバレエを始める。ソウダバレエスクールにて宗田静子に師事。16歳よりアメリカ、Kirov Academy of Washington, DCにスカラーシップにて留学。ジャクソン国際バレエコンクール、ローザンヌ国際バレエコンクール、ファイナリスト。ボストン国際バレエコンクール銅メダル。2012年ハンガリー国立バレエに入団。
(くわな・かずえ)
 
 

Web editorial office in Donau 4 Seasons.