日本の大学学部時に、故神野明先生からフランツ・リストの敬虔な音楽の素晴らしさを教わり夢中になった私は、以来多くのリスト作品を演奏し日本の音楽大学大学院において研究も行ってきました。当然ヨーロッパ、ハンガリーに憧れはあったものの、今一つ留学というものは私の中で夢のようなものでした。しかし、3年前にあるセミナーで2週間ブダペストに滞在したことが、この留学の大きなきっかけとなりました。リストの代表作である『ピアノソナタ ロ短調』を修了審査会で演奏するにあたり、是非リストの母国で勉強し、何かヒントを得られればと参加(初めての海外!)を決め、念願のリスト音楽院でレッスンを受け、帰国前にはこちらの学生と一緒にコンサートに出演しました。また、リストが生まれたショプロンの生家も訪れました。ずっと憧れていたヨーロッパに初めて来られた喜び、東欧ならではのどこか哀愁の漂う街並や建築物の素晴らしさ、美しい夜景、人々の温かさ、気候や空気の違いに大きな感動を覚え、また2週間アパートで自炊をしていた為、こちらでの生活の勝手も何となく分かり、成田に着く頃には、私の中でハンガリーへの留学というものが現実味を帯びてきていました。その後、日本の大学の博士課程に進学し大学院海外派遣奨学生として1年間留学出来ることが決まり、私は迷わずハンガリーを選びました。日本では講師や伴奏者としての活動が多かった為、この1年はひたすらソロに専念しようと決め、前半は今まで取り組んだことの無い作曲家の作品に挑戦し、後半はリストを中心に、リサイタルやコンクールに向けて勉強しました。先生は毎回本当に熱心に御指導して下さり、柔らかく美しい音の出し方、ハーモニーや声部バランスの重要さ、無駄の無い身体の使い方、安全なテクニック、各作曲家に適切な様式や音色の選び方などを学び、また、音楽とは常に美しく、心が込もったものでなくてはならない、聴き手が聴きたいのは、弾き手のテクニックではなく、その先にある作品・作曲家の世界である、という音楽の根本でありながら、つい毎日の練習で見失ってしまいがちな事を再認識し、この1年で意識をも大きく変えて頂きました。
基本的にチケット代の安いハンガリーでは多くのコンサートを聴くことが出来ましたし、声楽が好きな私は、週2日のペースでオペラ座を訪れていました。日本ではなかなか出来ない、ヨーロッパ留学ならではの贅沢な経験だったと思います。
 またこちらにいるうちにと、他のヨーロッパの国々にも足を延ばしました。ドイツでは、バイロイト・ワイマール・ライプツィヒなど音楽縁の地を中心に訪れました。バイロイトでリストのお墓を実際に見たときには、それまで何となく架空人物のような感覚でしたが、初めて本当に実在した人だったのだと実感し、何とも言えない感動がありました。イタリアの国際コンクールでは、各国のピアニストと友達になり、また沢山の参加者の個性豊かな演奏を聴くことが出来、とても貴重な勉強になりました。留学のまとめに、旧リスト音楽院でソロリサイタルを行ったり、また諸コンサートに出演し、こちらの合唱団の方々とハンガリーの合唱曲をアンサンブル出来た事は、とても素敵な思い出となりました。「外国語を話し、自国と違った文化、環境の中で生活する事が、必ず音楽に大きな影響を与えてくれる」と留学を薦めて下さった先生のお言葉を、今は身を以って実感しています。
 この1年間、先生方、家族、友達、他本当に沢山の方々に支えられ、楽しく充実した留学生活を送る事が出来ました。その感謝を忘れずに、また日本で頑張っていきたいと思います。
ここハンガリーで学び経験したこと全てが、これからの音楽生活の大きな糧となり、また人生を豊かにしてくれることと思います。