私たち家族の初めての海外赴任先はフランスでした。渡仏したとき、息子は小学1年生、娘は幼稚園の年少の夏休み。それぞれ、ぴかぴかのランドセルと園バッグを背負って、桜満開の日本で入学式と入園式を迎えたばかりでした。渡仏にあたり、長男は英語がメインのブリティッシュ系インターナショナルスクールへ、娘は長男の学校と同系列ではあるものの、フランス人と外国人が半々というフランス語がメインの幼稚園に通うことになりました。

 夏休み明け、フランスの新学期、親子共に緊張の登校・登園初日がやってきました。はじめての日、スクールバスに乗って、登校する息子の不安そうな小さな後ろ姿を今でも、鮮明に覚えています。しかし、親の心配を他所に、同じクラスに、日本人のお友達がいたこともあり、すぐに、楽しく学校に通うようになりました。長男は、アルファベットもろくにわからない状態でしたが、grade 1で入学したので、他の外国人のお友達と一緒に、アルファベットの読み書きなど初歩から、勉強することができました。
 娘の場合も、親子共に、フランス語がまったく理解できない状態での入園でした。ただ、はじめの年、娘は午前中だけのクラスだったので、慣れるには短時間から始めて良かったと思います。しかし、幼稚園から親への連絡が、フランス語なので、親は必死に勉強しなければなりませんでした。娘については、同じクラスの日仏ハーフのお友達に助けてもらうことが多かったようです。
 日本では、息子も娘も、お友達もできて毎日が楽しくてたまらない!という時期に引っ越したので、親としては、切ない気持ちでいっぱいでしたが、周りの方たちの助けもあり、新しい環境で、前に前に一歩ずつ進んでいくことができました。

 フランスで子供たちの学校・幼稚園を選んだポイントの一つは、週に一度、日本語補習があることでした。勉強の時間数としては、充分ではありませんでしたが、日本人のお友達と一緒に学ぶことが、とても楽しかったようです。普段は、英語やフランス語で、なかなか自分の気持ちを伝えられないことも多かったと思うので、日本語クラスでは、本来の自分を出せる大事な時間だったのかもしれません。
 娘は、毎朝、幼稚園まで送っていました。最初の頃は、園の玄関の前で、もじもじしていたものですが、元気に、あっさり「バイバイ♪」が言えるようになり、息子もスクールバスに乗る際の後ろ姿がたくましくなってきた頃、日本への帰国が決まりました。フランスに来て3年目のことです。ようやく親子共に、フランスでの生活を楽しめるようになってきた時期だったので、とても名残惜しく感じました。
 フランスから日本に帰国する際は、子供たちの学校に関して、日本人が日本に戻るのだから、あまり心配はないと高を括っていました。息子は、外国人の先生も多いイマージョンスクールに編入したので、漢字学習など大変な面もありましたが、比較的、すんなり慣れることができたのですが、問題は娘でした。逆カルチャーショックというのでしょうか。近所の小学校へ転入したのですが、お掃除当番、給食当番、起立、礼など、何から何まで初めてのことだらけで、とまどってしまったようです。「学校へ行きたくない」と言い出した時は、びっくりしました。幸い、近所にお友達ができてからは、ものすごい速さで日本の学校に馴染んでいきましたが…。毎回、子供たちの順応力には、驚かされます。

 日本に帰国して約1年が過ぎたころ、夫の口から、ハンガリーへの転勤の話が出ました。また転校です。子供たちにそのことを話すと、「今の学校が好きだし、友達とも別れたくない。でも、お父さんと一緒にいたいからハンガリーに行きたい」と。ハンガリーでは、息子はインターナショナルスクール。娘は日本人学校に通うことになりました。息子は、土曜日は緑ヶ丘補習校の中学2年生のクラスにも通うことにしました。2回目の外国生活ということもあるからか、子供たちの年齢も上がったからなのか、周りの環境にも恵まれ、割とスムーズにハンガリーの生活をスタートできた気がします。
 平日はインターナショナルスクール、さらに土曜日に、また勉強しないといけない補習校を、はじめは嫌がっていた息子。行く前は、「行きたくない」とぶつぶつ言っていたのですが、通い始めたら、優しい先生やお友達のおかげで、どちらかというと恥ずかしがり屋でマイペースの息子も、すぐに打ち解けることができたようです。補習校には、あいにく息子の学年のクラスがなかったので、1学年上げて中学2年のクラスに入れてもらいました。勉強面では、ついていくのが大変な時もあると思うのですが、弱音を吐かず、頑張って通っています。

 補習校では、楽しいイベントもいっぱいあり、春の遠足では、まだ通い始めたばかりだったのですが、他の学年のお友達とも仲良くなることができたようです。大盛況のバザーでは、子供たちは、子供ブースで出店。値札をつけたりする準備の段階から、親子共に、とても楽しい時間でした。大運動会では、娘は日本人学校、息子は補習校で参加し、パン食い競争やリレーでは大興奮。学習発表会では、練習時間が少なかったにもかかわらず、完成度の高さに驚かされたり、白熱した年始のかるた大会など、すべてのイベントが、とてもとても楽しい思い出です。
 フランスでも日本語補習の時間がそうでしたが、息子にとって補習校は、勉強だけではなく、本来の自分を出せる場所でもあり、日本人であることを再確認できる場所であり、日本人としての誇りを育くむ場所でもあるような気がします。息子の通っている補習校も、娘の通っている日本人学校も、外国に暮らす子供にとっては、多かれ少なかれ、同じような存在なのかもしれません。
 ここハンガリーで、子供たちが、日本文化に触れることができ、日本語学習を続けられる環境があることを幸せに思います。こんな素敵な学校を造ってこられた関係者や先生、そして、温かく迎えてくれた保護者の方やお友達、すべての方に感謝の気持ちでいっぱいです。
 この「感謝」の気持ちを忘れず、私たちも、これから先、前に前に一歩ずつ進んでいきたいと思います。

(わたなべ・りえ)