欧州議会決議.前例のない制裁決議
9月 12日の欧州議会は、オランダの緑の党に属するオランダのサンジェルティーニ議員が提案したハンガリーへの制裁提案を可決した。欧州議会が加盟国の制裁提案を可決したのは初めてで、昨年 12月に欧州委員会がポーランドにたいする制裁手続きを開始したのに続き、加盟国への制裁を議題に載せることになった。
 来年に議会選挙を控える欧州議会は、それぞれの議員や政治会派が様々な思惑で、自らの政治行動をアピールする場になっている。ハンガリー・オルバン政権樹立からここまで、ハンガリー政府の国内施策が、 EUの理念や法に反する疑いがあると、 EU委員会から繰り返し改善勧告を受けてきた。しかし、問答無用の非協力的な態度をとるポーランド政府とは異なり、ハンガリーはそのたびに、是正勧告に従う姿勢を明らかにしてきた。したがって、今回の制裁提案は唐突さを否めないが、依然として懸案事項が存在することも事実である。
 サンジェルティーニ提案は、これまでハンガリー政府が受けた勧告や懸念を分野別に列挙したもので、何か新しい事実や発見にもとづくものではない。提案で一番多くの紙幅を使っているのは、「移民、難民の基本的権利」の分野で、主として国連の難民高等弁務官事務所が発してきたハンガリー政府の対応への懸念と批判である。奇妙なことに、そこには EU司法理事会が提案し、ハンガリーが拒否した強制的難民割当についての言及はない。
 オランダ、ベルギーを含め、北欧諸国には難民・移民受入れ拒否を貫くハンガリーへの苛立ちが存在する。何らかの形でハンガリーを制裁すべきという意見が強い。ただ、強制割当が現実に機能していないことや、無条件の移民受入れにたいする批判が各国で強まったことで、ハンガリーへの批判は和らいでいる。その中で提案されたのが、サンジェルティーニ報告である。

CEU廃校工作
 ハンガリー政府を構成している政党 FIDESZは、欧州議会の最大会派、欧州人民党に属しているが、今回の投票では会派の三分の二が報告に賛成票を投じたと言われる。会派の代表者であるマンフレート・ウェーバーは自らも賛成票を投じたことを表明し、「難しい判断だったが、 CEU(Central European University)や民間のヴォランティア団体にたいする抑圧的な政策を支持できないから、賛成票を投じた。ただ、ハンガリーだけが非難されるべきではなく、ルーマニアでは腐敗にたいするデモが発生し、スロヴァキアでは政権の腐敗を暴いた記者が殺害されるなど、もっと目を向けるべき問題がある」と述べている。
 実際のところ、ソロスが資金を出して設立された CEUにたいして、ハンガリー政府は高等教育法を改正して、潰しにかかったのは事実である。オルバン首相は政権批判に敏感で、政敵を潰すことに全力を注ぐ。とくに、 2015年の難民・移民の大量流入の際に、ソロスが激しくハンガリー政府を批判した経緯があり、ソロスの息がかかっている組織を抑圧することによってソロスへの意趣返しを意図したと考えられる。
 しかし、いかにソロスが出資したとはいえ、実際の大学教育がソロスのイデオロギーにもとづいて行われているわけではない。しかも、 CEUの教育は国際的に高く評価されており、欧州の大学ランキングも高い。政治家オルバンはイデオロギーで組織や個人を単純に評価する傾向があり、学問や研究の自由より、自らが掲げるイデオロギーを優先する。「ソロスが設立した大学では難民・移民を歓迎する教育が行われており、ハンガリーの国益にとって有害だ」という単純な思い込みが CEU廃校工作となった。あまりにナイーヴだが、首相の意向を実現すべく、側近が CEUを潰す方策を考えた。
 CEUはアメリカにキャンパスをもたず、ニューヨーク州の教育ライセンスにもとづいてハンガリーに設立された大学院大学である。ハンガリーの当局者は、ここに CEU設立の弱点があると高等教育法を改正した。その要点は、「ハンガリーで認可される外国の大学は、本国にキャンパスを保有していること」を条件にすることで、この条件を満たさない CEUを廃校に追い込もうとしたのである。
 これにたいして、 CEUはニューヨーク州にキャンパスを開き、高等教育機関の条件を充足することで廃校を避けた。ニューヨーク州もまたハンガリー政府との協定締結に動き、ニューヨーク州とハンガリー政府との間で協定案が作成された。しかし、簡単に首を縦に振らないオルバン首相の意向を受けて、担当大臣が協定書に署名しないまま時間が過ぎている。いろいろな理由を付けて協定署名を遅らせている。
 また、CEUの HPを見ると、「登録された難民への教育プログラム」が 8月 28日付けで停止されたことがアナウンスされている。8月 24日付けの法改正によって、この教育プログラムにたいして 25%の課税の可能性があり、事態が明確になるまで、この教育プログラムは停止されるというものである。これはハンガリー政府が決定した「移民特別税」にかかわるものであり、非常に多くの問題を孕んでいる法律である。

移民支援組織への課税:「移民特別税」
 さてそこで、欧州人民党代表ウェーバーが指摘したもう一つの問題だが、ハンガリー政府は難民・移民を支援する民間のヴォランティア団体が、ソロス財団の支援を受けているとして、ヴォランティア団体の会計報告を厳格化することで、締め付けをおこなってきた。
 2017年 6月 27日から施行された「国外の支援を受けた団体の透明性に関する法律」で、ハンガリー政府は外国から支援を受けているヴォランティア団体の締め付けに動き出した。この法律が適用される団体は、年間 720万 Ft(およそ 300万円)以上の援助を国外から受けている団体・組織で、これらの組織・団体は管轄庁に登録され、年間 50万 Ft(およそ 20万円)の寄付をする団体・個人について、名称(氏名)・所在地等を報告しなければならない。これを怠った者は罰則を受ける。
 こうした法律は EU内でハンガリーが初めて採択したものであり、ソロスに繋がる財団や組織の締め付けを狙ったものである。ハンガリー政府は、これに続いて、「Stop Soros」と称する法律の制定を狙い、その一環として、「移民特別税」(2018年 8月 25日施行)を制定し、難民・移民に手を差し伸べるヴォランティア団体に特別課税する法律を制定した。この法律の対象となるのは、移民を促進する活動を行っている組織で、移民教育組織、移民支援ネットワーク、移民促進のプロパガンダの活動を行っている者である。これらの組織は物的な支援を受けた月の 15日までに、税務当局に資金を提供した組織名・所在地、援助額を報告し、援助額の 25%を「特別税」として支払わなければならない。

 この法律にもとづく最初の申告期日は 2018年 9月 17日である。これを怠った者は追徴や制裁を受ける。
かくように、現在のハンガリー政府は政府に批判的な組織や団体を締め付ける方向に動いていることは事実である。したがって、この面で EUの基本的価値を損なっていると批判されても仕方がない。 CEUが法的に登録された難民の教育プログラムの中止を決めたのは、特別課税の対象となる恐れがあるからである。

岐路に立つ科学アカデミー
 学問・研究の自由にかんして言えば、現在、ハンガリー科学アカデミーとハンガリー政府との間で、アカデミー所属の研究機関の統廃合が大きな問題となっている。ハンガリー政府側が事前の協議なしに、一方的に大学に統合すべき研究所、一つにまとめる研究所、廃止される研究所のリストを提出したために、科学アカデミー総裁は政府協議を打ち切った。「初めに統廃合ありき」では交渉出来ないというのが、アカデミー総裁の立場である。また、廃止が検討されている研究所の一つが、「科学アカデミー付属経済研究所」だと言われている。政府側の交渉担当者はパルコヴィッチ技術革新省大臣だが、教育政務次官時代に打ち出した教育改革を厳しく批判した経済研究所への意趣返しだとも言われている。
 もっとも、旧社会主義国家に存在した「科学アカデミー」制度が時代遅れの存在になっており、その再編成は不可欠である。しかし、何ごとにも FIDESZ政権は上意下達で事態を処理しており、関係者とのコミュニケーションがない。こういうこともあって、 FIDESZ政権にたいする知識人の反発は日増しに高まっており、これまで政権を支持してきた知識人も、 FIDESZ政権に批判的になっている。他方、現在の政権の基盤は知的水準が高い都市の住民ではなく、地方の一般庶民である。大多数を占める素朴な庶民に感性的に訴えて支持を得ている FIDESZ政権は、知識人層の離反を覚悟で、政策展開を進めているように見える。知識人の社会層は薄いからたいした政治力を持たない。多数を占める地方の住民の支持を固めれば、政権は安泰である。これこそ、ポピュリズムの神髄である。

政権政党の横暴
 有権者の絶対得票率で 35%しか支持を得ていない FIDESZ政権は三分の二の議席を保有して、一党独裁状態である。政権への批判にはきわめて敏感で、ハンガリーテニス協会の会長に選出されたスーチ・ライヨシュ(FIDESZ国会議員)は、臨時総会で規約改正を行い、協会の活動に関して、協会内での了承がない限り、勝手に裁判所に訴えたり、メディアに訴えたりすることを禁止する規約を採択した。
 有力選手が反旗を翻す中、 FIDESZはテニス協会にまで政治的影響を広げようとして選手の反発を招いている。社会主義時代より性質が悪い。

ハンガリー政府の対応
 欧州議会の議決を受けて、ハンガリー政府は議決無効を訴える戦術を展開している。欧州議会の制裁決議には投票数の三分の二の賛成票が必要だが、今回の議決にあたって、保留を投票数から除外する手続きが行われた(投票数 693、賛成 448、反対 197、保留 48)。投票総数から保留票 48票を除き、それを母数にした賛成票 448票はほぼ 7割の賛成率になるが、保留票を母数に入れると、三分の二にわずかばかり届かない。ハンガリー政府は、「保留票を除外することは基本条約の投票規定に反し、今回の議決は無効である」と主張している。ハンガリー政府は欧州司法裁判所へ提訴する構えを見せており、制裁への手続きははるか先である。
 12日の投票に先立って、オルバン首相は欧州議会で演説し、「制裁はハンガリー国民への侮辱であり、移民推進派の陰謀である」と述べ、ハンガリーが移民国家にならないという決意を繰り返し表明した。このハンガリー語の演説は、国内向けだった。
 ハンガリーの野党出身の欧州議会議員は、 Jobbikが保留、 LMPが欠席の他、すべての野党議員は賛成票を投じた。国内で劣勢にある野党は国際的な場で、他国の議員の力を借りて自国政府を批判するのが日常化している。

関連する記事は  ハンガリーからのメッセージ (http://morita-from-hungary.com) を参照されたい。