私がハンガリーに来るきっかけとなったのは、地元京都で行われたバレエコンクールでした。審査員の先生にハンガリーの学校を薦めていただき、スカラシップではないけど海外に行けるチャンスだと思い、留学することに決めました。その時はまだ中学3年生だったので高校受験をして、4月から学校に通い留学の間は1年休学しました。ハンガリーのことを全く知らなかった私は、同じバレエ学校に留学されていた先輩に学校の様子など色々聞いて教えてもらいました。小学生の頃から夢だった留学は日本を旅立つまで、期待と不安でいっぱいでした。
 去年の9月にハンガリーに来て、見るものすべてが新鮮に感じられました。学校は建物がすごく綺麗で、教室の窓ガラスを通してレッスンが見られていいなと思いました。私のクラスはインターナショナルクラスで、クラスメイト全員のスタイルが良くて驚きました。一週間も経たないうちに、他のクラスと合同のレッスンがあり、社交ダンスのチャチャチャの練習が始まりました。他のクラスと合同のレッスンは月に何回かあり、違う先生に教えてもらい、ハンガリー人たちと一緒に踊ることは毎回すごく刺激になりました。先生たちは昔すごいダンサーだったんだろうなと思いながら、色々な先生たちに教えてもらうことができたのも良かったです。社交ダンスの経験がなかったので最初はどうすればいいか分からず戸惑っていました。でもハンガリー人の自然な動きとノリノリで上手に踊る姿を見て私も頑張ろうと思いました。そのおかげか試験は心から楽しんで踊ることができました。毎朝8時からのレッスンは絶対に辛いだろうと思っていましたが、夜早く寝るようにすれば意外に大丈夫でした。授業が終わる午後には色々な所に行きました。初めて王宮の丘でドナウ川とブダペストの美しい街並みを見た時は、本当に感動しました。こんな素晴らしい国に来ることができて良かったと思いました。大きなショッピングセンターもあるし、地下鉄やバス、トラム(路面電車)などが使えて交通も便利で、予想以上に暮らしやすい町でした。ただ、一度だけ地下鉄でパスを提示する時に生徒証明書を持っていなくて罰金6000Ftを支払ったことがあり、その出来事はまだ来たばかりの頃の苦い思い出となりました。今は10000Ftも値上がりして罰金が16000Ftになっているので、もう二度と支払うことのないように気をつけています。生活をしていて日本のほうがやっぱりいいなと思うこともありますが、洗濯や料理など自分でするようになり、仕事で疲れて帰ってきてから家事をしてくれていた母の苦労が分かりました。
 少しずつ生活や学校にも慣れてきた頃から、公演に出させていただくようになりました。学校では月に1回は必ずと言っていいほど公演がありました。冬に行われた10日間の「くるみ割り人形」の公演や、学校以外でのモダンの公演、ブダペスト郊外の公演などにも出演させていただき、リハーサルなどから学ぶことも多くて大変勉強になりました。舞台の床は滑るところがほとんどで苦戦もしましたが、そんなことは忘れてしまうぐらい踊り終わった後の客席からの拍手が大好きでした。ハンガリー独特のみんなで揃えて拍手をするというのが来たばかりの頃は驚きましたが、みんなが揃えるため迫力もあり、お客さんの気持ちが1つになって拍手に表れているような気がして素晴らしいなと思いました。

 学校にはバレエ科だけでなくモダン科とハンガリアンダンス科があり、これらの踊りは公演で初めて見ました。モダン科は格好よくて、レベルの高さに驚きました。振付も音楽も動きもそれぞれ作品によって全く異なって、もう一度見たいと思うような作品がいくつもありました。そしてハンガリアンダンス科は歌いながら踊ったり、時にはものすごい速さでリズムをとったりとこちらも想像以上に凄くて圧倒されました。授業にはモダンやリズムなどがあり、バレエとはまた違って楽しかったです。
 バレエの試験は前期・後期の2回で、普段のレッスンに成績をつけてもらうのは初めてのことでした。練習では技の成功率を上げるように努力したり、少しでも綺麗に見えるよう細かいところまで気をつけたりして、基礎を見直すいい機会になりました。試験の日はみんな同じレオタードを着て、髪の毛を綺麗に結びメイクもいつもより少し濃くします。試験が始まる前、優しい担任の先生は私たちが頑張れるようにエネルギーになるものを買ってきてくれました。大勢の先生たちがイスに座っているので、試験が始まるとやっぱり少し緊張して今まで何度も練習していても、いつもできているところを失敗してしまうことがありましたが、逆にいつもより上手くいくこともあったりしました。試験が無事終わった時は解放感や達成感でいっぱいでした。
 私の中で特に印象に残っている学校行事は校内コンクールです。ソロと団体の両部門で1位をいただき、とても光栄で嬉しかったです。賞をいただいたことで少し自信もつき、もっと頑張って上手くなりたいという気持ちになりました。オペラで行われる卒業公演がハンガリーで踊る最後の舞台となるので少し寂しいですが楽しみです。あの素敵な客席の景色を舞台から見ることができて、生のオーケストラで踊れるなんてこんな貴重なチャンスを与えていただき、本当に幸せです。卒業する9年生達の踊りはどれも素晴らしくて、自分もあんな風に踊れるようになりたいと思える最高のプログラムになっています。来年もこの学校に残ってもっと色々なことを学びたかったですが、1年だけと決めていたので卒業公演が終わったら日本に帰ります。
 オペラには見たい作品があると、かかさず見に行っていました。有名な作品や、日本では見たことのなかった作品も見ることができました。日本に比べてチケットはかなり安く、500Ft(日本円だと250円以下)の席もあるから気軽に買うことができます。さらに学校が通常の半額の値段のチケットをくれたり、みんなでリハーサルを見に行ったりということもありました。舞台セットや衣装、演出などは凝りようが凄くて、さすが国立のバレエ団だけあってスケールの大きさが違いました。こんなバレエ団で踊ることができたらどんなに幸せだろうと思いました。秋休みには隣の国のオーストリアのウィーンに行って、ウィーン国立バレエ団の公演を見て、冬休みにはフランスのパリに行ってあの世界最高峰のパリ・オペラ座の公演を二つ見てきました。また、2月にはスイスのローザンヌに行って、ローザンヌ国際バレエコンクールの決勝を見に行きました。どれも日本からではそう簡単に行くことができないので、外国にいる間に色々なところに行くことができて良かったです。他にもイタリアやチェコのプラハなどにも行きたかったですが、後半はせっかく来たハンガリーで休みの日を満喫しようと思い、ドナウ川に浮かぶマルギット島やプール、遊園地に行って楽しみました。
 この10ヶ月近くの間、日本食が恋しくなることは少しあってもホームシックになることはあまりなく、あっという間に時間が過ぎ去って充実した日々を過ごせたように思います。ハンガリー語は最初さっぱり分かりませんでしたが、知っている単語が増えていくと楽しくなって日本に帰るまでにもっと話せるようになりたかったです。週2回のハンガリー語の授業で習ったことは、学校や日常会話でとても役に立ちました。ハンガリー語と日本語は少し似ているところがあって面白いなと思いました。また、ハンガリーに来て日本の文化の素晴らしさにも改めて実感することができました。学校の生徒でも日本のアニメやマンガ、歌などを知っている人がいたり、日本食が好きという人も多くて、クラスメイトたちと日本食を食べに行くこともありました。遠く離れた国でも、色々なところに日本の物や文化が存在していて、日本人として少し誇りに思えて嬉しかったです。
 最後になりましたが、ここまで私のことを支えて応援してくれた両親や家族、先生や友達には本当に感謝しています。自分1人の力では絶対に留学することはできなかったし、留学中もインターネットを使っていろんな人と連絡を取ることができたから寂しさを感じずに頑張れたと思います。これからも感謝の気持ちを忘れないようにしたいです。日本に帰ったらハンガリーで学んだことを生かして、今まで以上に頑張って練習し、将来はまだどうなるか分かりませんが素敵なバレリーナになって見に来てくださったお客様に感動を与えられるような人になりたいです。本当にハンガリーに留学して良かったです。またいつか機会があれば、ハンガリーに来たいです。

(まえの・しおり ハンガリー国立バレエ学校)