リスト音楽院のマスター(大学院)コースに留学して早くも1年半が経ちました。
 私がここに留学を決めたのは、桐朋学園大学在学中に岐阜や東京で何度かSzabadi Vilmos先生のレッスンを受ける機会があり、先生のその奏法や音楽表現のすばらしさと具体的で的確なアドバイスに魅了されたのと、リスト音楽院では私が特に学びたい室内楽やオーケストラの授業が充実しているからです。
 日本にいた時には、ハンガリーやブダペストについての情報はあまり無かったので、こちらに来るまではどんな所なのか、全く知識がありませんでした。でもこちらに来てみると、歴史のある建物や景観の美しさ、優しい人々、美味しいハンガリー料理、日本人学生にとっては生活しやすい物価等、すべてが私の音楽のモチベーションを上げてくれました。
 マスター生としての留学生活ですが、週2回のヴァイオリンのレッスンと、毎週2組の室内楽のレッスンと合わせ、オーケストラのある時期は本番1ヶ月前から週2回のリハーサル、音楽理論やハンガリー語の授業への出席、夜はコンサートを聴きに、等々、毎日が忙しく時間が経つのがあっという間で、気づけば留学生活も後半に入っていました。
 リスト音楽院のホールでの演奏会は無料で、他のホールやオペラ座にも格安の学生券があり、世界的な演奏家が頻繁にやって来るので、毎週素晴らしい演奏が聴けるのは本当にありがたいことで、練習にもさらに気合いが入ります。
 室内楽はハンガリー人を含め様々な国籍の学生と組む機会がありましたが、
ハンガリー人のメンバーと組んだ弦楽四重奏では、演奏のこだわる部分も、音の出し方や歌い回しも全然違って、楽譜に書いてあることも大事ですがその中でも「自由に」演奏することが大事だなと感じました。メンバーは皆優しい人達で、接しているうちにハンガリー語の日常会話も大分覚えることができました。
 また、室内楽の先生方も現役の演奏家なので、レッスンではその場で弾いて下さり、その奏でる音の素晴らしさに毎回、目からうろこでした。
 その一方で、大変なこともありました。
 留学生活で一番苦労したことは、数多くの曲を同時にこなさなければならないことです。
 海外では当たり前のことかもしれませんが、ソロの曲も室内楽の曲も常に多くのレパートリーを持ち、本番に臨まなければなりません。日本では半年に1〜2曲といったペースでのんびり勉強していた私にとって、数多くの曲を限られた時間の中で弾けるようにする事はとても大変なことであり、特に留学生活始まって間もない頃は、どの曲も中途半端な仕上がりで、先生から厳しい言葉をかけられることもありました。ですが、レパートリーが増えたことで有り難いことに本番の機会も多くなり、色々なタイプの曲を勉強することで音楽に対する見解も広がりました。
 問題にぶつかって悩んでいる時、親身に話を聞いてくれるのは、共に学んでいる日本人留学生の仲間です。練習の仕方や日常のことで沢山のアドバイスをくれたり、本番前に試演会をしてお互いの演奏を聴き、率直な意見を言ったりします。時には手作り料理を持ち寄ってホームパーティーをしたり、練習の後に飲みに行ったりと、仲間との一緒に過ごす時間は本当にかけがえのないものです。
 あと、日本語を勉強しているハンガリー人が実はとても多く、最初に会った時は話す日本語のレベルの高さに驚かされました。時々行われている、現地日本人と日本語の話せるハンガリー人の交換授業や親睦会で知り合った人達との交流も楽しいです。
 忙しい中でそんな息抜きできる時間もあったからこそ、ここまで留学生活を乗り越えてこられた気がします。
 この原稿を書いている3日前(3月22日)に私の修了リサイタルがありました。40分もあるBrahmsのヴァイオリンコンチェルト全楽章に加え、Bachの無伴奏ソナタと室内楽曲を1日で演奏するというとても大きなプログラムであり、しかもオーケストラとの共演も初めてで、以前同じ曲を長い時間をかけて勉強していた自分には信じられないことで、果たして本番に間に合うのかと、不安な毎日でした。
 ですが、演奏会当日は素晴らしいオーケストラと共演者に恵まれ、周りの方々の応援もあって、おかげさまで心から楽しんで演奏することができました。また聴きに来て下さった方々からは温かい賞賛の言葉も頂いて、ヴァイオリンを続けてきて本当に良かったと実感しました。
 今年の6月でマスターを卒業しますが、さら学びたい気持ちが強く、ハンガリーでもう少し勉強を続けることにしました。私は将来オーケストラに入りたいと思っているので、今後ヴァイオリンのソロはもちろん、オーケストラや室内楽にもっと力を入れたいです。そして、これからも多くのコンサートに行き、様々な国や場所を訪れて、ヨーロッパの音楽や歴史、文化にもっと理解を深められたらと思います。
 最後に、私の留学生活を支えてきて下さった周りの方々には感謝の気持ちでいっぱいです、ありがとうございます。

(きたたに・まりこ)