早朝の1番ホールでのティー・ショットは誰にとっても緊張するもので、これが運悪く最初の順番となると嫌なものです。上手くまっすぐ飛んでくれればいいのですが、右や左にそれてラフの中に消えてしまうのはまだしも、ひどいのになるとクラブのヘッドがボールの上を叩いて30ヤードくらい地面を転がっておしまいという場合もあります。そんな場合は、それまでグッド・ショットと声援を送っていた仲間たちも急にシーンとしまうから余計に惨めです。
 これまで色々なスポーツをやってきましたが、年を取った今、面白いのは何といってもゴルフ。ゴルフの唯一の欠点は面白すぎることです。
 テニスや野球と違って、対する相手が静かに止まっているボールというのがくせものです。一打と次の一打の間に、考えたり思いをふくらませる時間があるからです。私などは、ボールを目の前にすると、前回のプレーで150ヤード手前からグリーンに吸い込まれた偶然の一打が鮮明に蘇ってきて、腕も肩もカチカチになってしまうのです。練習は大事ですが、冷静さや落ち着きを保つのも大事です。バーディーを取った後は嬉しすぎて、ダブル・ボギーを続けて叩くものですし、後続のプレーヤーが打ち込んできて腹を立てたらダフやトップをするものです。
 相手が止まっているボールだけに、言い訳の余地が無く、自己嫌悪に陥るのもひとしおです。私もこの自己嫌悪に襲われて、もうゴルフクラブは見たくないと、何度ゴルフを辞めたことか。実は、ハンガリーに来る前の年の夏に軽井沢でひどく惨めな思いをして、10ヶ月間クラブを握りませんでした。それでも懲りずにまた練習を再開してコンペに参加するようになったのですから、好きなんですね。何度ふられても懲りずに美女に言い寄る、もてない男の心境ですかねえ。

 またゴルフのように、人間の品性、性格が現れるスポーツは他にはありません。
ニューヨークタイムスの記者が書いた「大統領とゴルフ」という本は、9人のアメリカ大統領について、そのゴルフに対する態度と性格について語っています。
 ビル・クリントンは熱狂的なゴルフ・ファンで、8年間の任期中に400回以上もゴルフをしたそうです。彼は、ルール通りにプレーしていれば100前後のスコアの悩めるゴルファーの一人であったようですが、負けず嫌いな性格なのか自分の頭の中では80台で回るゴルファーでした。
 彼の実際のプレーと頭の中のゴルファー像のギャップは、主にマリガン(打ち直し)の多用で埋められたようで、常に疑惑の多いゴルファーでした。著者は、2002年にクリントンと一緒にプレーをしていますが、実際は100前後叩いている筈なのに、スコア・カードは何故か82になっていて、クリントンのサインしたカードの写真も本に載っています。
 モニカ・ルインスキーのスキャンダルでもみ消し工作をして、自分のミス・ショットを認めようとしなかったことは、彼のゴルフを知る人々にまさにクリントンのやりそうなことだと思わせました。それでも、明るく楽天的な性格なのか、彼のゴルフは気取りのない、楽しいものであったようで、魅力的な人柄は今でも絶大な人気があります。
 一方、ジョージ・W・ブッシュは、クリントンほど熱心なプレーヤーではなかったようですが、とにかくせっかちで、早く回ることを第1の目標にしていたようです。ブッシュは家族で良くゴルフをしましたが、ブッシュ家の4人で18ホールを1時間42分で回った記録には驚きです。彼らは、最後のティー・ショットが着地しないうちにカートを走らせていました。ブッシュは、ルールをちゃんと守るゴルファーでしたが、彼と一緒にプレーをしたベテラン・プロのクレンショウによると、危険を恐れずにいつでもグリーンを攻める攻撃的で突進するゴルフであったといいます。イラク侵攻もドライバーの一振りと変わらない気持ちなんですね。

 ところで、ゴルフは、18世紀半ばにスコットランドはエジンバラのゴルフクラブで、一応のルールが出来てスポーツとして確立したと、夏坂健の本に書いてありました。
 ゴルフという言葉が最初に文献に現れるのは、15世紀のスコットランド王国。民衆が余りにもサッカーとゴルフに打ち興じていて、イングランドとの戦いに備えての槍や弓矢の練習を怠っていたので、「今後一切サッカーとゴルフはまかりならん」と王様ジョージII世がお触れを出したのが、ゴルフという言葉が残る最古のものというのですから、なんとも皮肉な話です。
 皮肉やユーモアと言えばゴルフにまつわるジョークというのが山ほどあって、他のスポーツにこんなにあるのかしらと思わせます。Golf is the perfect thing to do on Sundays because you always end up having to pray a lot. /Never take lessons from your father. Never teach golf to your wife. Never play with your son for money. /A ball you can see in the rough 50 yards ahead is always not yours.

 家では奥方に庭の草むしりを頼まれても生返事ばかりをしている世の亭主も、ゴルフとなると朝6時からいそいそと出かけていく。そんなゴルフの楽しさとは、きれいにセッティングされたコースの中で、各自が理想のスコアを胸に、思い思いに自分の飛球線を頭に描くことではないでしょうか。しかしそこには幾つもの落とし穴が。。。