1月9日、FIFA年間表彰式が盛大に開かれ、各部門の最優秀賞が授与された。個人賞など日本人にはほど遠いと思っていたが、昨年の「なでしこジャパン」のW杯優勝で期待が高まった。女子監督賞は圧倒的な得票で佐々木監督が受賞し、女子最終選手賞も沢穂希が見事受賞した。男子の受賞者はメッスィである。日本サッカー協会がフェアプレー賞を受賞し、世界が注目する晴れ舞台で、日本人が三度も壇上に上がるという「日本デー」になった。東日本大震災への思いやりも加味されたかもしれないが、自他共に認める受賞であったことは間違いない。
 この表彰式は1年間の最優秀選手や監督を選ぶFIFAの年頭行事であり、世界のサッカー界を代表する選手や監督が一同に介する華麗なセレモニィである。全世界にマナ中継され、億を超える世界のサッカーファンが楽しみにしている瞬間だ。
 セレモニィはEurosportで世界に放映され、ハンガリーでは英語・仏語・スペイン語ができるアナウンサーが受賞者の言葉をハンガリー語で伝えていた。日本出発前のインタビューで、佐々木監督は「受賞できたら、あっと驚くパフォーマンスをする」と答えていた。だから、期待していた。ところが、最初に登壇した佐々木監督は日本語でしゃべり出し、その途端に会場がざわめきだした。会場には同時通訳機器が用意されていたが、短い英語スピーチが主なので、ほとんどがイヤフォーンをもっていなかった。TVも通訳を用意しておらず、ハンガリー人アナウンサーは日本語なので通訳できませんと、映像をそのまま流していた。イタリアではすぐにスタジオ画面に切り替えられたという。なんとも残念なことである。沢選手も同様に、日本語スピーチだった。日本の新聞には「日本語で堂々とスピーチ」という記事もあったが、日本人以外に誰も理解できなかった。数千万あるいは数億の世界のサッカーファンが注目しているセレモニィである。晴れの舞台で世界に日本のメッセージを伝えるチャンスをみすみす失った。震災復興にたいする協力への感謝の言葉もあったのだから、きちんと世界に伝えたかった。
 これは明らかに日本サッカー協会の失策である。佐々木監督と沢選手の受賞確率はかなり高かったし、セレモニィの日まで十分な時間があった。サッカー協会は事前に専門家を手配し、入念に英語スピーチのトレーニングを施す必要があった。沢選手だって2年間もアメリカでプレーした経験がある。簡単なスピーチができなければ、名実共に一流選手の仲間入りはできない。プロテニスツアーに参加する選手は記者会見の出席が義務づけられ、通訳なしで受け答えすることが要求されている。優勝インタビューも必須の条件である。国際舞台で活躍することは、こういうセレモニィでの仕事を含めてのことだ。
 日本サッカー協会は選手のスピーチマナーや語学能力の向上に力をいれるべきで、それに必要なお金を惜しんではならない。国際感覚のある人材を積極的に協会に入れて、国際化への対応を図るべきだ。サッカーだけでなく、日本のスポーツ界はこういう国際化への準備ができていない。初歩的な国際感覚が欠けているから、国際機関で重要な役職を得ることもできない。
 それにしても、日本人の発音は悪い。しかも、日本語でも明確に区別される音を区別せずに発声するから、なおさらだ。日本ではメッシと表記されるが、実際の発声はメッスィである。日本語でも「す」と「し」は明瞭に区別される音だ。外人が「寿司」を「しし」と発声したら、何を言っているのか理解できない。「スリ」なのか、「しり」なのかも区別がつかない。「す」と「し」を区別しなければ、日本語でも英語でも理解不能であることに変わりはない。「メッスィ」を「メッシ」と発声するのは、「メス」を「メシ」と発音するのを同じことだ。日本人は「アイ・シー」と発声する。これを英語に直すと、I sheである。これでは理解不能。I seeと言いたければ、「アイ・スィー」と発声しなければならない。sheepとseeの違いは中学校英語の基本。「シープ」と「スィー」が区別できなければ、「す」と「し」を区別せずに日本語を喋っているのと同じことなのだ。
 この二つの音をきちんと区別できているかどうかで、大体の英語力が判断できる。NHKの朝の番組の女子アナウンサーがMission Impossible を「インポシブル」と発音していた。ちょっとがっかりした。「インポッスィブル」と発声しないと、英語力が疑われる。
 今も続いているのかどうか知らないが、「ことばおじさん」というMHKのある日の放映で日本英語と英語の区別を論じていた。simulationを「シュミレーション」と発声するのは日本英語で、「シミュレーション」が本当の英語の発声だと解説していた。衛星放送の番組表の中に意見を述べる欄があったので、次のように送信した。
 「シュミレーションだけでなく、シミュレーションという発声も日本語英語で、スィミュレーションと発声するのが英語発声です。NHKの番組でも、<セクシー部長>でなく、<セクスィー部長>と正しく表記されています。それと同じです」。
 この意見への回答はなかった。また、2006年の朝日新聞「私の視点」(8月5日付け)に「オシムはオスィム」を投稿したら、編集部にいろいろな手紙が届いた。「イビチャ(揖斐茶)・オシム(惜しむ)」ではなく、「イヴィツァ・オスィム」が正しい発音で、「し」と「す」をきちんと区別しないと、理解不能になったり、失礼になったりするという要旨である。
 幼年時の英語教育に賛否両論があるようだが、発音の習得は早ければ早いほど良いことだけは事実である。歳を取る毎に学習が難しくなる。私は高校時代と大学初年を通して、徹底して発音練習を行った。中学・高校時代の教育に、短時間で構わないから、人前でプレゼンテーションする授業を入れるべきだ。それは英語だけでなく、日本語でのプレゼンテーションについても言える。自分の主張を端的に人前で述べることは、グローバル化する世界に生きるための最低限の教養である。

(もりた・つねお)