大学を卒業してから、2016 年リスト音楽院に入学するまで5 年半ものブランクがある。卒業後は大学院を受験せず、地元である岐阜に戻り音楽活動をしてきた。舞台芸術の振興と発展のために、舞台芸術振興会の一員として地域振興を行ってきた。卒業後は今までの貯筋で何とか出来たものの(手の筋肉や指が動く等、技術的な意味で)、ブランクが4 年…5 年…と増えるたびに貯筋がなくなり後退していることに気がつき始めた。そんな思いのなか「ぎふ・リスト音楽院マスターコース」を受講することになり、レベルアップのためにもっと音楽を学びたいという意欲に火がついた。そして留学選考会の試験に無事合格し、1 年間のパートタイム入学が決まったのである。
 入学した2016 年9 月は、ハンガリーで5 年に一度のフランツ・リスト国際ピアノコンクールが開催されていた。会場でもあるリスト音楽院の周辺には数多くのアプライトピアノが路上に置いてあったのがとても衝撃的であった。日本だと恥ずかしがって弾かない人が多いと思うが、ここでは多くの人がピアノに興味を示したり、夜中には酔っ払いが演奏している等、昼夜問わず音楽に溢れているのが印象的であった。良い意味で自由なところが留学への不安からも自分を開放的な気分にさせてくれた。(残念ながらコンクールの終了をもってピアノは片付けられている)
 Gulyás István 先生の下で学ぶことになり、パートタイムコースでは週1 回のレッスンと週2 回のハンガリー語の授業を受けることになった。残りの時間は自分の音楽を一から見直す時間に費やし、自分には何が必要なのかを先生と相談しながら出された課題をこなす毎日で、楽譜から作曲者の意図を読み取る大切さを学んでいった。具体的には楽譜や時代背景から作曲者が伝えたいメッセージを読み取り、印象や直感による主観的な演奏ではなく、客観的な視点から情報を得て自分の言葉として表現することである。特にピアノは鍵盤を叩けば誰でも音程の正しい音を鳴らすことができ、楽譜の通り正しく演奏すれば何となく弾けている気にもなれる。だがそれは演奏者であって表現者ではないのだ。表現したい音色によってテクニックも違い、音を鳴らす前に音のイメージを持つことが大切なのである。先生はとても丁寧で出来ない私にも親切に教えてくださった。楽譜と向き合う時間が増え、少しずつではあるがイメージした音が出せるようになってきた。徐々に音色の引き出しが増え、音楽に立体感と説得力を少しもたらせれるようになれた。
 また、ハンガリーで演奏する機会も何度か頂けた。とくに印象に残っているのはブダペストも冷え込んできた11 月末、ISASZEG(イシャセグ)という首都から30km ほど離れた小さな町でクリスマスのアドベントコンサートに出演したことだ。アドベントというのは、キリスト教ではキリストの再臨を表現する言葉として用いられている。11 月30 日に一番近い日曜日からイブまでのことを指し、11 月からクリスマスマーケット等で徐々に町がクリスマス一色になってくる。コンサートではピアノソロの他にフルートの岩下榛華さんとのデュオ、それに地元合唱団の伴奏をした。博物館に置いてあるような古いベーゼンドルファーで音をコントロールしながら演奏するのは至難の技だったが、とても貴重な経験となった。演奏終了後に湧き上がる拍手、ブラボーの嵐、アンコールの手拍子等、日本では味わったことのないような拍手喝采だったことを今でも鮮明に覚えている。
 ハンガリーは我々学生にはとても有り難く、大学内で行われるコンサートは無料だったり、他で行われるコンサートやオペラ、ミュージカルも安い席は数百円程度で鑑賞できとても気軽にコンサートに行くことができる。一流ピアニスト、デニス・マツーエフの演奏をステージ上の特等席で聴けたことも留学していなければ出来なかった経験だ。ハンガリー以外の国でのコンサートにも足を運んだが、どれも演奏者と聴衆との一体感があり、感情を抑えがちな日本人とは違った。自分自身を表現することは素晴らしい。私も演奏者(表現者)であるため彼らからも多くのことを学び、これからの演奏に活かしていきたいと思った。
 受験を終え大学院生として学ぶこととなった2年目。先生にお願いしてレッスンを週2回にしていただき、室内楽や現代曲のレッスン、アナリーゼ、音楽史等、必修授業も増えた。ある日、大学で開講されたマスタークラスで渡辺先生の公開レッスンを受講することができた。先生の下で学んでいた高校時代。当時の演奏は酷く良い印象は持たれていなかっただろう。レッスン終了後、10年ぶりの再会ではあるが声をかけさせていただいたところ覚えてくださっていた。また当時からの成長を褒めていただけたのが嬉しかったのと同時に、今まで頑張ってきたのが間違いではなかったのかと思える瞬間だった。
 ひとつ驚いた話がある。ハンガリーで出演予定だったコンサートの前日、関係者から一通のメールが届いた。「ピアノを移動していたら、ピアノの足が壊れてしまい明日のコンサートが出来なくなりました。代わりの日が決まったらまた連絡します。」という内容だった。こんな事があるのかと思った。しかし考えてみればハンガリーは日本と違って歴史を感じる古いピアノだったり、あまり整備が行き届いてないようなピアノを演奏する事が多々ある。大学のピアノも鍵盤が取れていたり、ペダルが折れていたりすることもある。だがそれはハンガリーに限られた話ではない。逆に言えば、日本はピアノの状態が良すぎるのかもしれない。。。ピアニストは普段から家で練習して慣れているピアノで本番をできないのが宿命である。それに慣れていたら色んなピアノに対応できず思うように演奏できなくなる。彼らはその分対応できるスキルが日本人よりあるのではないかと考えさせられた。
 3 年目となり大学院2 年生となった今、5 月にディプロマコンサートを控えている。留学直前にリサイタルを行ったのに続き、今回は2度目。前回の反省点を活かし、またハンガリーで学んだことを全て出し切り悔いなく終えることが今の目標である。
 留学するにあたり築いてきた音楽活動も休止したことで多くの方々に迷惑をかけ、また理解があって今の私がここにいる。生活のサポートしてくださっている両親、ご指導くださった先生方、また仲間や応援してくださっている方々の期待を裏切らないために、残り半年の留学生活でこれだけは頑張ったと胸を張って言えるような強みが持てるよう頑張っていきたい。「現状維持では、後退するばかりである」ウォルト・ディズニーの言葉だ。昨日の自分自身を超えるためにも限られた時間を有効に使い、少しずつ前進していきたい。
(かわむら・あすか)