ハンガリーの⽇刊紙や週刊紙は契約購読者が少ないために、スポンサーなしでは経営が成り⽴たない。ながらく旧社会主義労働者党(ハンガリーの共産党) の 機関紙的な役割を果たしていた⽇刊紙 Népszabadság は、2016 年 10 ⽉ 8 ⽇に廃刊が決まり、戦後 70 余年の歴史を終えた。数万⼈の定期購読者だけでは経営を維持することができないのである。政府系⽇刊紙 Magyar Nemzet も、定期購読者だけでは経営を維持できず、政府からの広告収⼊によって経営が維持されている。
 現在、発刊が続いている⽇刊紙や週刊紙は、僅かな例外を除き、政府の広告収⼊で経営を維持している。政府からの広告収⼊があるかないかが、発刊継続の必要条件になっている。

政府系メディア帝国の樹⽴
 紙の媒体による情報発信が難しくなっている状況の中で、政府の⽀援を受けたフリーペーパーLokál が、不透明なビジネスを展開し始めた。これを発⾏したのは、定住権付き国債で暗躍したハボニィ・アルパードと⾸相府次官を務めたことのジューリ・ティボールが所有するメディア企業( Modern Media Group Befektetési és Vagyonkezelő Zrt.)である。
 ブダペストの公共交通機関(BKK)、とくに地下鉄の駅で無料配布されていた Metropol は、所有者とオルバン⾸相の対⽴から広告収⼊が減少して⾚字が累積し、18 年の歴史を終えて 2016 年 6 ⽉に廃刊となった。この廃刊を受けて、2016 年 6 ⽉からオルバン⾸相の強い信任を受けているハボニィたちは政府と公共企業の広告収⼊を元に、新たなフリーペーパーLokal(⽇刊 Lokál と週刊 Lokál Extra)を発刊した。⽇刊Lokál は 15 万部ほどの発⾏で地下鉄各駅に配置され、ブダペスト市内では週刊 Lokál Extra が各⼾に配布されている。2019 年 6 ⽉初めの週刊 Lokál Extra を⾒ると、政府広告が 4 ⾯、政府系企業である宝くじ会社(Szerencsjáték Zrt.)が 2 ⾯の広告を出している。政府と政府系企業の広告で印刷費を捻出し、そのほかの 広告収⼊で利益を出しているものと思われる。ただし、少なくともブダペストに全⼾配布されている週刊Lokál Extra 紙には読むべき記事は⼀つもない。政府の広告収⼊を得るための事業以外の何物でもない。
 しかし、問題は Lokál 紙の発⾏という⼩さな問題に留まらない。Lokál 紙の発⾏⺟体は、2018 年に設⽴された Közép-Európai Sajtó és Média Alapítvány(略称KESMA、中欧新聞・メディア基⾦)に移管されたが、これはFIDESZ が政府寄り⺠間メディアを統括する組織として 2018 年 9 ⽉に設⽴したものである。この組織が ECHO TV、OPUS Press、New Wave Media Group、Magyar Idők Kiadó の FIDESZ 系 TV や出版社を傘下に置き、ブダペストを中⼼に配布されているLokal 紙のみならず、政府補助⾦を得て地⽅で発刊されている紙誌、政府系ポータルサイトなど、470 のメディアをこの組織に収めた。この組織の傘下に⼊ることは、公的補助⾦や公的な広告収⼊が計算できることを意味する。政府による公⾦を使ったメディア⽀配である。
 KESMA が 4 社(CHO TV、OPUS Press、New Wave Media Group、Magyar Idők Kiadó)の所有権を得た後に、政府は 2018 年 12 ⽉ 5 ⽇付けの政令(Kormany 229/2018. (XII.5) Korm. Rendelet )におい て、
「KESMA によるこの 4 企業の取得は国⺠的戦略重要性をもつもの」(オルバン⾸相署名)と認定した。この政令が意味するところは、「この 4 社の取得には他の政府機関(競争庁や国会の「メディア評議会」)の査察・監査権限が及ばない」ということである。市場の独占と競争制限の規定に触れる恐れがあるために、前もって、査察・監査が及ばないことを政令で定めたのである。政権政党による恣意的な認定である。
 この組織 KESMA の⽴ち上げにたいし、野党は⼀⻫に⾮難し、4 社を取得した KESMA を政府の監査から外すことは憲法違反だと主張し、憲法裁判所へ提訴した。欧州委員会は、「政府が主導して、ハンガリーの報道界の⾃⽴性を害し、メディア市場への政治介⼊を図る」疑いがあるとして調査を始めた。この問題は 2019年 2 ⽉ 20 ⽇の欧州議会⽂化・教育委員会で取り上げられた。この席で、FIDESZ 欧州議会議員ボチコル・アンドレアは、「ハンガリーのメディアは 69%が政府に批判的で、31%が政府に好意的にすぎない」のだから、欧州委員会の懸念は当たらないと反論している。

メディア⽀配の現状
 反政府系のポータルサイト Mérték és Átlatszó は、KESMA 傘下の企業に、政府系のメディア企業を加えると、メディア市場の 64.1%が政府寄りのメディアが占めていることを明らかにしている。
 さらに、公共メディアである。MTVA の 2017 年予算が 940 億 Ft であり、これをすべて政府系として計算すると、メディア市場の 77.8%が政府系メディアということになる。もっとも、公共放送のすべてを政府に好意的なメディアと断定することに無理はあるが。

 
民間メディア市場に占める政府系企業のウエイト
  総収入億Ft KESMA傘下億Ft(%) KESMA+政府系億Ft(%)
印刷物(17社) 600 468 (78%) 481 (80.2%)
ラジオ(5社) 36 3 (8.0%) 31 (86.7%)
テレビ(5社) 777 65 (8.4%) 410 (52.8%)
ポ-タルサイト(4社) 115 56 (49.2%) 5.6 (49.2%)
合   計 1,527 592 (38.8%) 979 (64.1%)
注:2017年のデータにもとづく。
出所:https://mertek.atlatszo.hu/mindent-beborit-a-fidesz-kozeli-media/
 
 いずれにしても、KESMA は FIDESZ ⽀持の実業家の寄付や政府の補助⾦で機能する⼀⼤メディア帝国を構築することになった。
政府批判が許されない政府系メディア
 政権政党が肝いりで設⽴したKESMA や政府の⽀援を得て存続しているメディアは、⼀切の政府批判が許されない。政府は政権政党の⽀援者の税⾦だけで維持されているのではない。政府に批判的な市⺠からの税⾦によっても⽀えられている。したがって、政府がお⾦を出しているから政府批判は許されないというのであれば、昔の社会主義体制時代を変わらない。これを象徴するような事件が発⽣した。
 2018 年 9 ⽉ 25 ⽇、政府系シンクタンク Századvég 発⾏の雑誌の最新号(Századvég, 88. 2018/2)が発刊停⽌となり、HP からも削除されたというニュースが流れた。もっとも、そういう雑誌があったことを知って いる⼈は少なく、このニュースに接して初めて、削除 された雑誌の PDF をダウンロードする⼈が増えた。 このニュースと共に、雑誌 Századvég 編集部が解散させられたというニュースが流れた。削除されたPDF は、削除される前に多くのポータルサイトに流され。現在、この号の PDF は、https://transparency.hu のサイトからダウンロードできる。ただし、ハンガリー語である。
 Századvég は毎年、政府から巨額の発注を受けている政府系シンクタンクであり、雑誌の編集委員会にはオルバン⾸相も名を連ねている。この雑誌の 2018 年第 2 号は「レント(超過利潤)」をテーマに、何⼈かの論者に投稿を求めたものだった。巻頭論⽂は旧SZDSZ 系の経済学者ミハーイ・ピーテル(コルヴィヌス⼤学) とアメリカ在住のハンガリー⼈社会学者セレーニィ・イヴァン( ニューヨーク⼤学)が、Comparative Sociology 16(2017) pp.1-26.に発表した英語論⽂をハンガリー語に訳したもので、原論⽂名は The Role of Rents in the Transition From Socialist Redistributive Economies to Market Capitalism である。タイトルから内容が想像されるが、著者たちは FIDESZ 政権に批判的なことで知られている。ただ、発刊停⽌の直接的な理由になったのは、2006 年の総選挙にオルバン⾸相が FIDESZ の⾸班候補として擁⽴したボッド・ピーテル・アーコシュの論⽂である。ボッド論⽂のタイトルは、Bérek, profitok és járadék harca magyar szemmel(Struggle of Wages, Profits and Rent in Hungarian Eyes)で、ハンガリーの賃⾦上昇が鈍い原因は、政府がレントを独占していることにあると主張するものだった。この論⽂のなかで、世界銀⾏が公表しているWorldwide Governance Indicator からハンガリー、オーストリア、チェコの 3 ヵ国の指標⽐較表を掲⽰した。
 この表によれば、チェコの統治⼒は 2010 年を契機に改善の⽅向に向かっているのにたいし、ハンガリーの統治⼒は 2005 年以降、悪化の⼀途を辿っている。この指標の信頼性には疑問の余地はあるが、この指標⽐較が FIDESZ の政治家の⽬にとまった。FIDEZS 政権になってから、統治⼒のレベルが下がっているという結論は受け⼊れられないのだ。
 
指  標 暦 年 ハンガリー オーストリア チェコ
政府の効率性 2005 0,80 1,72 0,97
2010 0,67 1,84 0,91
2015 0,49 1,47 1,05
諸規制の質 2005 1,11 1,61 1,11
2010 1,02 1,46 1,3
2015 0,77 1,43 1,08
法治の水準 2005 0,83 1,86 0,82
2010 0,75 1,81 0,93
2015 0,40 1,85 1,12
腐敗の制 2005 0,62 1,96 0,46
2010 0,25 1,63 0,26
2015 0,10 1,49 0,39
注:+2,5から-2,5までの5点評価が⾏われ、数値が低いほど低い評価となる。
出所:WGI 2017より、ボッド論⽂が⽐較のために作成したもの。
 
 政府発注を受けて事業を展開しているシンクタンクが、政府を貶める論⽂を掲載するのは「以ての外」というのが、FIDESZ 政権の⽴場である。しかも、「政府がレントを利⽤して利潤を独占しているために、賃⾦が上昇しない」という結論は、到底受⼊れられない。当該の雑誌が削除され、発刊停⽌になっただけではない。このような論⽂掲載を許可した編集部は反政府的であるとして、編集部員全員が交代させられた。政権を⽀持する者であっても、オルバン政権に完全に賛意を表明できない者は重要ポストから排除されるべきというのが、オルバンあるいはオルバンの意向を忖度する政治家の基本的なスタンスである。公的補助を受けている機関は、オルバン政府が実⾏する政策や成果を批判することは許されないのである。
 ボッド論⽂問題が冷めやらぬ 2019 年 2 ⽉ 4 ⽇、設⽴されて間もないFIDESZ のメディア帝国KESMA のアドヴァイザリーボード委員⻑で、元 FIDESZ 国会議員のヴァルガ・イシュトヴァーンが辞任した。辞任の原因になったのは、その 2 週間前にポータルサイト 24.hu に掲載されたヴァルガ委員⻑の⻑⽂のインタビュー記事( https://24.hu/belfold/2019/01/22/varga-istvan-interju- media-alapitvany/)である。
 このインタビューで、ヴァルガは率直に意⾒を表明し、「KESMA 傘下の紙誌の記事レベル(は低いので) を、(政府に批判的だが読み応えのある)ÉS(Élet és rodalom)紙のレベルに上げることが⼀つの⽬標」、「私は右の紙誌も左の紙誌も読んでおり、1976 年以来 ÉS を購読し、⽉ごとにÉS 紙を綴じて保管している」、「公共メディアは傍⽬から⾒ても完全とは⾔えない。政府批判の街頭デモも取り上げるべき」、「KESMA はリスカイ・ガーボルのアイディアで設⽴され、私はリスカイの要請を受けて、ボード委員⻑に就任した」と述べた。この喋りすぎが、オルバンへの忠勤に励む忖度政治家の⽬に留まった。このインタビュー記事がネットで流れてから 2 週間後、ヴァルガはリスカイに辞意表明を⾏い、リスカイがそれを承認した。
 この⼆つの事例からうかがえるように、現在のFIDESZ 政権は旧社会主義体制時代の共産党⽀配にますます近似している。「100%味⽅でない者は、皆、敵」という偏狭な発想にもとづいて、メディア⽀配に⼒を注いでいる。政府を⽀えている税⾦は、政権政党を⽀持する者も⽀持しない者も収めているお⾦である。⽀持する者のためだけに税⾦が利⽤されるのは社会的公正の観点から受け⼊れられない。政府は批判を受け⽌めるだけの度量を持つ必要がある。それが近代の⺠主主義政治であるはずだ。