選挙が近づくにつれ、安倍⾸相の親衛隊「経済学者」(アベノヨイショ)が、消費税引上げの断念を官邸に迫っている。もっとも、選挙で負けたくない官邸が、アベノヨイショを総動員して消費増税延期の「世論」を創り出そうとしているのかもしれない。しかし、消費税引上げは短期の景気の話ではない。将来社会を安定的に維持するための⻑期の政策問題である。

国家財政の⾚字は GDP の 10%
 アベノヨイショの主張に⽋如しているのは、現在の国家財政⾚字の基本理解である。毎年、GDP のほぼ 10%に相当する歳⼊不⾜が存在することは、国⺠が負担しない政府サーヴィスを国⺠が受給していることを意味する。つまり、政府サーヴィスに限定すれば、国⺠は過剰消費していることを意味する。

 
⽇本の歳出と歳⼊(対GDP⽐、%)
  2009 年 2013 年 2017 年
歳 出 40.72 40.83 38.90
歳 ⼊ 29.80 31.22 32.55
 

 この過剰消費を担保しているのは、将来世代から徴収する税収である。税の前借りで現在の政府サーヴィスを賄っているのが、現在の⽇本である。しかも、その税の前借り額は現在の税収の 20 年分にもなる。ふつうの家計であれば、とうの昔に破産している。20 年分の年収を前借りしているのと同じことだからである。国家財政がすぐに破産しないのは国の経済規模が⼤きく、⺠間経済が⼤きな問題を抱えることなく、国⺠経済を⽀えているからである。
 アベノヨイショの御仁たちの消費増税反対の主張は、これだけ借⾦を抱えていても国家財政が破綻していないのだから、さらに借⾦しても構わない理由をいろいろ考えついているだけのことだ。崩壊⼨前の北朝鮮社会だっていまだ存続している。ソ連だって 70 年はもったし、東欧社会主義国は 40 年もった。戦争さえしなければ、借⾦漬けの経済でも数⼗年の単位で⽣き延びることができる。だが、いずれ各種の負債を抱え込んだ体制は崩壊し、ハイパーインフレと資産消滅を招く。その深刻度は体制が積み上げてきた累積債務に依存する。ソ連崩壊や東欧社会主義崩壊から経済学者は何も学んでいない。
 すぐに崩壊しないから借⾦経営をいつまでも続けて良いのではない。累積債務が⼤きければ⼤きいほど、崩壊時のショックが⼤きくなる。⽇本だって、いつか債務を処理しなければならない時が来る。その時に騒いでも遅い。アベノヨイショの御仁などは耄碌(もうろく)⽼⼈になってしまって、⾃分の主張すら忘れているだろう。アベノミクスを推進した政治家も⽣きているかどうか分からない。誰も責任を取らないし取れない。最後は国⺠がすべての負債を引き受け、「ご破算で願いましては」でリセットされるだけなのだ。

 ヨーロッパでは財政⽀出の⽔準は⾼いが、その分税負担も重い。税負担なしに、⾼度の社会的サーヴィスが得られることはあり得ない。それは将来世代に借⾦を負わせるだけだからである。

 
EU 諸国の財政⽀出(対 GDP ⽐、%)
  2009 2017
フランス 57,2 56,5
フィンランド 54,8 54,0
ベルギー 54,2 52,2
デンマーク 56,5 51,2
ノルウェー 46,1 49,9
スウェーデン 52,7 49,3
オーストリア 54,1 49,2
イタリア 51,2 48,7
ギリシア 54,1 47,3
ハンガリー 50,4 46,9
ポルトガル 50,2 45,7
クロアチア 48,3 45,0
ドイツ 47,6 43,9
スロヴェニア 48,2 43,2
ルクセンブルグ 45,1 43,1
アイスランド 47,4 42,5
オランダ 47,6 42,5
ポーランド 45,0 41,1
スペイン 45,8 41,0
英国 47,3 40,9
スロヴァキア 44,1 40,2
エストニア 46,1 39,3
チェコ 44,2 39,0
ラトヴィア 44,2 37,8
キプロス 42,1 37,5
マルタ 41,9 36,2
ブルガリア 39,4 35,1
スイス 33,2 34,2
ルーマニア 39,7 33,6
リトアニア 44,9 33,1
アイルランド 47,0 26,3
 
EU 諸国の付加価値税率(%、2018 年 7 月現在)
  特別軽減税率 軽減税率 標準税率 一時的税率*
ベルギー - 6/12 21 12
ブルガリア - 9 20 -
チェコ - 10/15 21 -
デンマーク - - 25 -
ドイツ - 7 19 -
エストニア - 9 20 -
アイルランド 4.8 9/13.5 23 13.5
ギリシャ - 6/13 24 -
スペイン 4 10 21 -
フランス 2.1 5.5/10 20 -
クロアチア - 5/13 25 -
イタリア 4 5/10 22 -
キプロス - 5/9 19 -
ラトヴィア - 12 21 -
リトアニア - 5/9 21 -
ルクセンブルグ 3 8 17 14
ハンガリー - 5/18 27 -
マルタ - 5/7 18 -
オランダ - 6 21 -
オーストリア - 10/13 20 13
ポーランド - 5/8 23 -
ポルトガル - 6/13 23 13
ルーマニア - 5/9 19 -
スロヴェニア - 9.5 22 -
スロヴァキア - 10 20 -
フィンランド - 10/14 24 -
スウェーデン - 6/12 25 -
英国 - 5 20 -
* Parking rate。標準税率への移行を緩和するために、12%と標準税率との間の税率を設定。
 

幼稚な議論
「学者」か「評論家」か知らないが、アベノヨイショの御仁たちはとてもまともな論者と思えない。消費増税反対の根拠になっているのは、「⽇本の財政は破綻しない」という主張である。そのヴァリエーションはいろいろある。

1.政府の債務だけが⼤騒ぎされるが、政府資産で相殺すれば純債務は⼩さい。だから、⽇本には財政問題など存在しない(⾼橋洋⼀、森永卓郎)
 資産処分の具体的な⽅策が⽰されない限り、たんなる帳簿上の観念論に留まる。どういう資産をどのように処分して債務を減らすことができるのかを⽰さない限りは意味のない議論である。借⾦清算のために家屋資産を失ってしまえば、路頭に迷ってしまうではないか。

2.「政府と⽇銀を統合政府で考えれば、債務と債権は帳消しにされる」ので、財政問題は存在しない(スティグリッツの誤解を真に受けた⾼橋洋⼀)。
 これも国債発⾏を合理化する幼稚な観念論である。国⺠経済計算上の政府部⾨の債権債務帳簿処理の問題を、あたかも現実の債務問題の解決と思い込んでいる初歩的な誤解である。もしこんなことができるのであれば、どんどん国債発⾏して⽇銀に引き受けてもらえば、財政⾚字問題など存在しない。年⾦危機も存在しない。議論するに値しない。スティグリッツの誤解をそのまま受け継いで、ノーベル賞経済学者のご宣託を有り難がっている
「経済学者」の社会的常識はこの程度のものである。

3.GDP の過半以上を占める消費を抑制すれば、景気が後退することは⽬に⾒えている。だから、消費増税をやってはいけない(藤井聡ほか多数)。
 GDP の定義式から消費を抑制すれば、経済成⻑が⽌まると⾔っているだけのこと。同義反復の議論で、現実問題から出発するのではなく、定義式から結論を出すという典型的な観念論である。⼈⼝減少時代を迎える⽇本に⾼度経済成⻑時代が到来することはない。消費を増やせというなら、具体的に主張する必要がある。家計はもう 1 台乗⽤⾞を購⼊すべき、4K・8K のテレビを積極的に購⼊すべき、外⾷を週に 1 ⽇増やすべきというように。そうすれば、いかに意味のない主張であるかが分かるだろう。
 政府サーヴィスを過剰消費しているのだから、消費を減らすか、負担を増やす以外に⽅法がない。いずれ⾼度成⻑で借⾦は消滅するなどという「⾼度成⻑神話」など、主張している本⼈すら本気で信じていない。
 個⼈消費を増やす時代は終わった。個⼈消費から社会的サーヴィスへの転換を図ることが⽇本社会の課題である。個⼈消費を切り詰め、社会的サーヴィスに回すのが、⽇本が取るべき道である。個⼈消費も社会消費も増やしたいという調⼦の良い議論は成り⽴たない。税負担を嫌うのであれば、社会的サーヴィスの低下を⽢んじて受けることを選択しなければならない。

4.国債が国内で消化されている限り、財政危機は起きない(炎上商法で講演料を稼いでいる三橋某)。
 ⾼々、海外投資家の投機的⾏動で国内経済が揺さぶられることはないということに過ぎない。国が債務を返済できない事態が到来すれば、国内国外は関係ない。国外の投資家ではなく、国内の投資家(国⺠)が資産を失うというだけのことである。

5.国債は国⺠の債権だから、「国⺠の借⾦」という主張は嘘である(ほぼすべての素⼈論議)。
 将来の税収を担保にしているのだから、その分だけ将来の国⺠は債権を有しているというだけのこと。債務不履⾏になれば、国⺠が資産を失うことに変わりはない。その時になって初めて、債権ではなく、債務だったことが分かる。

 何時の時代でも国⺠は政府が何とかしてくれるだろうと楽観している。この点で、右も左も⼤差ない。「⽇本の国家財政は破綻しない」のではなく、すでに破綻している。その理解の不⾜が安易な主張を⽣み出している。歴史が⽰していることは、右も左も無責任なことだ。誰も体制崩壊の責任を取らない。もっとも、そういう政治を⽀えてきたのが国⺠なのだから、最後は国⺠が責任をとるしか⽅法がないのだろう。次の選挙のことしか考えていない政治家に、将来の⽇本社会のあり⽅を求めても無駄なことだ。せめて、無責任なポピュリスト政策によって膨⼤な累積債務を積み上げてきた与党に責任を取らせなければ、再び原発事故 の尻拭いをさせられた⺠主党の⼆の舞になるだろう。