2011年9月4日。私にとって期待と不安でいっぱい三度目のハンガリー。一度目は先生探し。二度目は家探し。
 大学の先輩にハンガリーでの留学の話を聞いたことから始まりました。先輩が師事していた先生に習ってみたいと思い、2010年の11月にハンガリーへ行きました。その時に、先輩が師事していた先生と、今習っているファルヴァイ・シャンドール先生からレッスンを受けました。今はファルヴァイ先生と、もう一人別の先生についています。翌年2月に、札幌のリスト音楽院セミナーで、パートタイム生の試験を受けました。こうして、最初の1年はパートタイム生として在籍して、次の年にマスターコースへ受験して、現在はマスター2年目です。完全帰国まではあと4ヶ月を切りました。
 私は一人暮らしが初めてで、最初は生活リズムを作るのがとても大変でした。練習時間も日本とは違って限られているし、友達もすぐにはできなかったので、一人でいる時間をたくさん過ごしました。家にこもりがちになると、自分を見つめる時間が増えて、閉塞感に陥ったりすることもありましたが、今はリフレッシュ方法を見つけることができて、自分の心と対話したり、友達とご飯を食べに行ったり、豊かな自然のある公園へ行ったり、街並みを眺めたりしてストレスを発散させています。
 ハンガリーへ留学して、自分のことをよく考えるようになりました。自分の演奏スタイル、自分のしたいこと、自分ってなんだろう、と。自分がすべて決めることなので明確な答えは出ませんが、自分と真剣に向き合えたことはとても大切なことだと思っています。これまでのような他人任せでなく、「自分主体で生きるって覚悟と勇気がいるんだなぁ」ということを学びました。どういう曲を弾きたいのか、どういう演奏をしたいのか、もっと簡単なことで言えば、何が食べたいのか、なにがしたいのか。
 先生方は私のしたいようにしていいよと言ってくださいます。「あなたが決めるのだよ」と最初に言われた時に私はとても戸惑いました。それまで、すべてを先生に決めてもらっていたので、自分で決めるってどうしたらいいのだろうと、やり方が全くわかりませんでした。今は自由な選択権を与えてもらっていることをとても嬉しく思います。私の意思を尊重していただいて、先生からのアドヴァイスを頂く。受身だったレッスンも能動的になることができました。先生方とのレッスンでは、どの曲でも楽しく弾くことが大切で、和音の響きを大事にしなさいというアドヴァイスをもらいます。もちろん、テクニックも教えて頂きますが、耳でよく聴くことがいかに大事かということを常にレッスンで考えさせられます。「この和音の響きが素敵だよね」や「この旋律は本当に美しい」と先生がおっしゃる時の表情が無邪気で、嬉しい気持ちになります。こうやって先生方から学んだことは私の宝物です。
 ところで、最初の頃は泣いてばかりいました。英語も通じないし、ハンガリー語もできず、インターネットを繋ぐのも苦労したし、スーパーへ行っても野菜や果物の量り売りのやり方がわからず買えないこともありました。怒りをぶつけられて泣いたこともありました。当初は日本との違いにとても悩まされましたが、今となっては、そういうふうに自由に生きられるって素敵だなと思います。レジにいようが何をしていようが好きな時に話したり、好きな時に飲み物を飲んだり、好きな時に携帯電話で話す。逆に、日本の人工的な笑顔で接客するのを不自然に感じてしまうようになってしまいました。
 ハンガリーに留学したことで、日本人特有の真面目さや几帳面さを守って固く生きなくても、もっと柔らかく生きることも大事なのかなぁと思いました。また、練習の苦情で、私はこの2年半の間に2度も引越しをしています。もちろん、学校でも練習できるのですが、こういう時には日本での練習環境の良さをとてもありがたく思いました。楽器の練習ができるという物件でも、隣人たちが寛容でない限り、心地よく練習をすることは難しいんだなぁと思いました。いろいろなところでハンガリーと日本の違いにぶち当たりましたが、今はそれを「そう、これがハンガリーだよね」と柔軟に受け止められることが多くなりました。
 この2年半の間、ハンガリーにいて私はヨーロッパ各地をたくさん旅行することができました。旅行はとてもいい経験になったと思います。それぞれの国で雰囲気も違うし、歴代の音楽家もたくさん旅行をしているので、その気分に浸ったりすることもありました。それもまた留学の醍醐味の一つだと思います。
 ハンガリーに留学したことで私の世界は広がりました。今までどれだけ小さい世界で生きてきたんだろうと思います。たくさん泣いて、たくさん悩んで、たくさん怒って、たくさん絶望して、たくさん笑って、たくさんの思い出と感情を味あわせてくれたハンガリー。あと4ヶ月弱、存分に楽しみたいと思います。

(もり・ゆかり)